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望月裕二郎『あそこ』を読む  ~いちどわたしにあつまってくれ、ほか


望月裕二郎『あそこ』を読みました。書肆侃侃房。新鋭短歌シリーズの一冊。第一歌集。2013年11月。



いちどわたしにあつまってくれ最近のわかものもふりそびれた雨も/望月裕二郎『あそこ』
→「最近のわかもの」って存在が曖昧なものだ。「世間」みたいに。「ふりそびれた雨」ってあるのかわかんないけど、渡しそびれた贈り物のことなんかを連想して、いとおしくかわいらしいと思う。
存在と非存在のはざまに呼びかけている。

「わたしにあつまって」どうしようというのだろう。植木等が「銭のないやつぁ俺んとこに来い、俺もないけど心配すんな」と歌っていたのを思い出す。それを思い出すと、さいきんのわかものもふりそびれた雨も「わたし」も、同じような(どちらかといえばショボクレた)性質のもののように思えてくる。

しかしそんな読み方でいいんだろうか? あんまり遭遇しないタイプの歌なので、扱いに困る。



もう夢は耳でみるからはずかしいかたちの水をかけないでいて/望月裕二郎『あそこ』
→「耳でみる」にひとつポイントがあって、「はずかしいかたち」にまたポイントがある。「寝耳に水」という言葉があってこれにはポイントがある。なんといえばいいのか、言葉のもつちょっとした面白さを積み重ねている。

「ポイント」みたいなのがあるんだよね。工夫されたおもしろい言い回しについてくるポイントが。それを引っ張ってきて加工してポイントを重ねている。

変なことを試しに言うけど、レスリングっていう競技は、相手の背後をとったらポイント、投げてポイント、一回転させたらポイント、っていうふうに得点が重なりますよね。そういうふうに言葉とやりあっている、特に序盤の歌はそんなイメージです。



寝言は寝てからいうつもりだが(さようなら)土のなかってうるさいだろう/望月裕二郎『あそこ』
→「寝言は寝て言え」っていう言い回しがあって1ポイント。言われる前に自分で言って1ポイント。寝るが永眠みたいになってポイント。土のなかがうるさいのは、たくさんの死者の声がするからだ。そこをとらえてポイント。

罵りのようなからかいのような言葉をつかまえて遊んでいるうちに、死者の声にまで届いている。



おおきすぎてわたしの部屋に入らない栗がでてくるゆめにひとしい/望月裕二郎『あそこ』
→「部屋に入らない」ってことは、部屋にいれようとしている。冷蔵庫とかピアノとか、ああいう大きさの栗なんだろうか。「ゆめにひとしい」によって、それが比較できるものになってくる。比較できるほかのなにかが立ち上がってくる。

なんで栗なのだろう。まさか「びっくり」の栗?



満を持して吊革を握る僕たちが外から見れば電車であること

真剣に湯船につかる僕たちが外から見ればビルであること
/望月裕二郎『あそこ』

→歌集のなかのすこし離れた場所に置かれているふたつの歌。電車や湯船でそんなに思いつめてるかなあとフフッとなっているのもつかのま、「僕たち」が人として認識されない地点へつれていかれる。

「外」の一語が重い。「外から見れば」いくら真剣にしていようと、もっと大きな存在に覆い隠される。



立ったまま寝ることがあるそういえば鉛筆だった過去があるから/望月裕二郎『あそこ』
→「そういえば」っていうのはそんな過去がありそうな素振りだけど、あるはずがない。「でまかせ」の面白さ。その一方で、鉛筆としての生とか、鉛筆って立ったまま寝てるのかなという、そうした連想も浮かんでくる。



感想と具体例のない僕たちがコーラの蓋を閉めて眠る夜/望月裕二郎『あそこ』
→「感想と具体例のない」って言い回しが珍しくて、おっ、てなる。何を考えているかもわからず漠然としている僕たち、と言い換えると深刻になる。
コーラの蓋を閉めるのは、炭酸が抜けないようにするため。炭酸のようなものは内面にあり、それをなくさないよう、明日のため守っている。



誰もいないリビングでガムふくらませ甘く湿ったくちづけ 僕と/望月裕二郎『あそこ』
→「誰もいない」ので、自分とくちづけしたのだ。甘さはガムの甘さで、湿ってるのは元はといえば自分の唾液だ。ガムとともに妄想がふくらんだ。



山火事のように山染める夕焼けをめくって紙芝居が始まる/望月裕二郎『あそこ』





曇天の高架橋の下あやまって昨日を映してしまう水溜り

アマゾンの蝶が鱗粉ふり撒いて山手線のダイヤ乱れる/望月裕二郎『あそこ』

→人知れず時間はねじれていて、遠いなにかがこちらに影響を及ぼしている。神秘だなあ。



君は自宅の地下にピアノがあると云い僕はそれを弾きたいと思う/望月裕二郎『あそこ』
→言葉によって人と人はつながる。でも、このピアノはほんとに同じピアノなのか、それは不確かだ。
それか、地下にあるピアノというのは「君」の大切なものを意味していて、それがあると知るや否やそれに触れたくなるという、そういう「僕」の心のありかたを示しているのか。



『あそこ』という変なタイトルにした理由について、読みながら考えていたんだけど、これについて解説やあとがきに書いてあったことは、オレの考えていたことと近かった。

「あんまり遭遇しないタイプの歌で、扱いに困る」とはじめのほうに書いたけど、扱いに困るような短歌も悪くない。いい時間を過ごせた。

この本おわり。




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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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