「塔」2016年11月号を読む ~ひとが見えなくなつてゆくとき、ほか
塔 2016年11月号。
塔短歌会を退会したオレが塔を読んでいくシリーズ。10月号までは読んだ。後ろのページからチェックしたので、若葉集からいきます。
快速の遅延を告ぐるアナウンス行き交ふ人らこれを疑はず
向日葵のその裏側に回り込みよからぬことを我は企む/内藤健治
君の瞳に色彩として飛び込めば息ができない 深い 好きだよ/田村穂隆
→色彩になって飛び込むっていうのがおもしろい。色彩になっても呼吸はあるんだ。「息ができない」「深い」に本当っぽさを感じた。
船を待つように見送るように立つ夏の夜更けのレジの小母さん/吉岡昌俊
→この立ちかたは、お客さんがいなくて手が空いてる状態か。待つのと見送るのは違うんだが、重ねると一致するところが浮き出てくる。
今吾のおなかの中を開いたら見たくない世の中みたいになってる/太田愛
物のない戦後に青春があったと祖父ラムネのあきびんに麦茶入れて飲む/北野中子
→字余りさせながら重いテーマを身近なところから詠むスタイルは相変わらずだ。
変わってるけどこういうおじいさんはいそうだし、比喩のようにもなっている。
塔という結社にいます、タワーの。と言いつつタワーを形づくる手/逢坂みずき
→手話かと思ったが、そうとは限らない。「とう」と口に出すと「とう」はいろいろな漢字に変換できてしまう。英語にして、ジェスチャーにして「塔」をあらわしている。字だけは伝わるが、そもそも置き換えられないものだ。知らない人にものを伝えることのむずかしさ。
ボンカレーのポスターの女性(ひと)が夢に来てこの夏ゴーヤを食べたかと尋(き)く/福西直美
→ボンカレーのポスターってなんだか古めかしいイメージがある。今もあったら申し訳ないけど、色褪せたイメージだ。ポスターから抜け出てきて、なぜかゴーヤのことをきいてくる。そこはカレーじゃないのかよ。
なつかしいような、こわいような、笑っていいのか、ごちゃ混ぜな魅力。
スマートフォン見つつほほゑむそのをみな陽炎よりぞ歩みてきたる/篠野京
→こちらは夢じゃないけど幻想的な歌。ボンカレーも女性だったな。
スマートフォンには何が映っているのか。「陽炎」が雰囲気を出している。
針穴ははずみで通すものと言うスカートを縫う母が顔上げる/杉山太郎
→はずみで通す針穴に、ドキリとするものがある。「顔上げる」は、「母」が手を止めて読者のほうを向いたみたいで、これまたドキリとする。
砂あらし撮ろうとするともう大きすぎて、いやもう嵐のなかだ/千種創一
→31字ぴったりなのに、一読そのように見えなかった。句の切り方や読点によるものだろう。一首のなかで砂あらしがぐんぐん近づいてくる。観察者でいるつもりが巻き込まれている。戦争もそんなふうなのか。
すべり台使わんとして登る娘の少し死者へと近づく高さ/鈴木四季
呼び出し音ふいに途切れて黄昏はひとが見えなくなつてゆくとき/澄田広枝
→こちらから電話をかけているときの呼び出し音かとも思ったが、そうではなくて着信音のほうだと読んだ。自分が出られない着信。一定時間すると鳴りやむものだが、変なタイミングで鳴りやむと「どうした?」と思う。
三句以降は失踪や拉致を思わせる。電話をかけてるときに消えてしまった人もあるだろう……。
ちょっと立つついでに別れる話ききビニールの青いサンダルを買う/荻原伸
→これも人がいなくなる歌。ちょっと立って、それが別れになるという。
テレビ番組「ごきげんよう」か何かで、奥さんが靴屋に行くと行ってそれっきり戻ってこなかったという話をしてた芸人がいた気がするが、検索しても出なかった。
ついでの別れにふさわしいのがビニールの青いサンダルというわけだ。
ひび割れを目盛りにするとカルピスが上手く作れるから捨てないで/多田なの
→他の人にはひび割れでも、本人には目盛りなのだ。長く使ったものだからできることだし、これは取り換えがきかない。何が役立つかはわからない。
さっきの「針穴ははずみで通す」の歌にも通じるものがありそう。
いつからか会わなくなった友達のように打ち上げ花火は終わる/鈴木晴香
11月号の歌は8月に投函されるので、夏の歌だ。打ち上げ花火も、カルピスも、ビニールの青いサンダルも、陽炎も、ゴーヤも、ラムネのあきびんの麦茶も、向日葵も、夏のそれだ。
山あいを急ぐでもなく周りいし夏のとんびを心にまねく/なみの亜子
十二人の手配写真の男らとともに待ちたり次の電車を
その画家のそばにはいつも猫がいて気が向けば入る絵の中にまで
/松村正直「裸婦」
→写真や絵の歌。
画家の気が向いて猫を描きいれるのではなく、猫の気が向いて絵に入ってくる。ということだと読んでおきたい。猫は自在だなあと。
以上11月号でした。まだ12月号.1月号.2月号の三冊がある。追いつきたいところだ。
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2017年1月の工藤吉生の短歌、すべて見せます|mk7911|note(ノート)
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塔短歌会を退会したオレが塔を読んでいくシリーズ。10月号までは読んだ。後ろのページからチェックしたので、若葉集からいきます。
快速の遅延を告ぐるアナウンス行き交ふ人らこれを疑はず
向日葵のその裏側に回り込みよからぬことを我は企む/内藤健治
君の瞳に色彩として飛び込めば息ができない 深い 好きだよ/田村穂隆
→色彩になって飛び込むっていうのがおもしろい。色彩になっても呼吸はあるんだ。「息ができない」「深い」に本当っぽさを感じた。
船を待つように見送るように立つ夏の夜更けのレジの小母さん/吉岡昌俊
→この立ちかたは、お客さんがいなくて手が空いてる状態か。待つのと見送るのは違うんだが、重ねると一致するところが浮き出てくる。
今吾のおなかの中を開いたら見たくない世の中みたいになってる/太田愛
物のない戦後に青春があったと祖父ラムネのあきびんに麦茶入れて飲む/北野中子
→字余りさせながら重いテーマを身近なところから詠むスタイルは相変わらずだ。
変わってるけどこういうおじいさんはいそうだし、比喩のようにもなっている。
塔という結社にいます、タワーの。と言いつつタワーを形づくる手/逢坂みずき
→手話かと思ったが、そうとは限らない。「とう」と口に出すと「とう」はいろいろな漢字に変換できてしまう。英語にして、ジェスチャーにして「塔」をあらわしている。字だけは伝わるが、そもそも置き換えられないものだ。知らない人にものを伝えることのむずかしさ。
ボンカレーのポスターの女性(ひと)が夢に来てこの夏ゴーヤを食べたかと尋(き)く/福西直美
→ボンカレーのポスターってなんだか古めかしいイメージがある。今もあったら申し訳ないけど、色褪せたイメージだ。ポスターから抜け出てきて、なぜかゴーヤのことをきいてくる。そこはカレーじゃないのかよ。
なつかしいような、こわいような、笑っていいのか、ごちゃ混ぜな魅力。
スマートフォン見つつほほゑむそのをみな陽炎よりぞ歩みてきたる/篠野京
→こちらは夢じゃないけど幻想的な歌。ボンカレーも女性だったな。
スマートフォンには何が映っているのか。「陽炎」が雰囲気を出している。
針穴ははずみで通すものと言うスカートを縫う母が顔上げる/杉山太郎
→はずみで通す針穴に、ドキリとするものがある。「顔上げる」は、「母」が手を止めて読者のほうを向いたみたいで、これまたドキリとする。
砂あらし撮ろうとするともう大きすぎて、いやもう嵐のなかだ/千種創一
→31字ぴったりなのに、一読そのように見えなかった。句の切り方や読点によるものだろう。一首のなかで砂あらしがぐんぐん近づいてくる。観察者でいるつもりが巻き込まれている。戦争もそんなふうなのか。
すべり台使わんとして登る娘の少し死者へと近づく高さ/鈴木四季
呼び出し音ふいに途切れて黄昏はひとが見えなくなつてゆくとき/澄田広枝
→こちらから電話をかけているときの呼び出し音かとも思ったが、そうではなくて着信音のほうだと読んだ。自分が出られない着信。一定時間すると鳴りやむものだが、変なタイミングで鳴りやむと「どうした?」と思う。
三句以降は失踪や拉致を思わせる。電話をかけてるときに消えてしまった人もあるだろう……。
ちょっと立つついでに別れる話ききビニールの青いサンダルを買う/荻原伸
→これも人がいなくなる歌。ちょっと立って、それが別れになるという。
テレビ番組「ごきげんよう」か何かで、奥さんが靴屋に行くと行ってそれっきり戻ってこなかったという話をしてた芸人がいた気がするが、検索しても出なかった。
ついでの別れにふさわしいのがビニールの青いサンダルというわけだ。
ひび割れを目盛りにするとカルピスが上手く作れるから捨てないで/多田なの
→他の人にはひび割れでも、本人には目盛りなのだ。長く使ったものだからできることだし、これは取り換えがきかない。何が役立つかはわからない。
さっきの「針穴ははずみで通す」の歌にも通じるものがありそう。
いつからか会わなくなった友達のように打ち上げ花火は終わる/鈴木晴香
11月号の歌は8月に投函されるので、夏の歌だ。打ち上げ花火も、カルピスも、ビニールの青いサンダルも、陽炎も、ゴーヤも、ラムネのあきびんの麦茶も、向日葵も、夏のそれだ。
山あいを急ぐでもなく周りいし夏のとんびを心にまねく/なみの亜子
十二人の手配写真の男らとともに待ちたり次の電車を
その画家のそばにはいつも猫がいて気が向けば入る絵の中にまで
/松村正直「裸婦」
→写真や絵の歌。
画家の気が向いて猫を描きいれるのではなく、猫の気が向いて絵に入ってくる。ということだと読んでおきたい。猫は自在だなあと。
以上11月号でした。まだ12月号.1月号.2月号の三冊がある。追いつきたいところだ。
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