斎藤茂吉『赤光』を再び読む  ~もみぢ葉の夢、ほか


講談社の『日本現代文学全集51 齋藤茂吉集』というのを毎日少しずつ読んでいる。一冊に歌集七冊分と随筆などが入っている。
画像は表紙で、味もそっけもないが、実際にこういう表紙なのでこのようにした。


『赤光』を読み返したら前のときとだいぶ違う歌に丸がついたからこの機会に記しておく。
前に読んだときというのは岩波文庫だった。気がついたら二回とも編年体のほうだった。うむ。



前回読んだときの記録はこれ。2014年6月。
斎藤茂吉『赤光』(岩波文庫)を読む  ~弟は無常を感じたるなり、ほか : ▼存在しない何かへの憧れ
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52100294.html



この講談社のほうは1ページで28首、見開きで55首くらいが載っている。慣れると窮屈ではない。連作を一望しやすいとも言える。



ひむがしのともしび二つこの宵も相寄らなくてふけわたるかな/斎藤茂吉『赤光』


湯のやどのよるのねむりはもみぢ葉の夢など見つつねむりけるかも/斎藤茂吉『赤光』

→ゆ、や、よ、と続いて柔らかく眠りに落ちてゆく。葉が湯の上に舞い降りるようなイメージをもったが、さてどんな夢だろう。後半はMの音が多いが、これが眠りの中なのか。



かうべ垂れ我がゆく道にぽたりぽたりと橡(とち)の木の實は落ちにけらずや/斎藤茂吉『赤光』

銃丸(じゆうぐわん)を土より堀りてよろこべるわらべの側(そば)を行き過(よ)ぎりけり/斎藤茂吉『赤光』

黒土に足駄の跡のつづけるを墓のほそみちにかへり見にけり/斎藤茂吉『赤光』

→なにか見て通り過ぎる歌。
「銃丸」や「墓」が暗示的だ。橡の木の實の歌は「ぽたりぽたり」のほうに力を感じた。
一応検索してみたら「銃丸」は銃弾で「足駄」は下駄のことで、特に気をつけることはなかった。



杵(きね)あまた竝(なら)べばかなし一様(いちやう)につぼの白米(しろごめ)に落ちにけるかも/斎藤茂吉『赤光』
→それを言うんだったら杵を落とされる白米のほうを悲しむこともできるし、つぼの方を悲しむことだってできる。
「読み解く」ような読み方をすれば、力を奮っているように見えても操られる側にあるのが杵だ。



『赤光』を再び読んだということは「死にたまふ母」を読み直したわけだけども、母が亡くなって終わりではなくて、その後しばらく続いていることに目がいった。「たらの芽」など山菜をとったり「湯どころ」の湯に入ったりしている。終盤に「山」の字がたくさんある。

その前のほうに「黄涙餘録」という連作? がある。連作に「?」をつけたくなるのは、サブタイトルみたいに小さく書いてあるから。
「自殺せし狂者」について詠まれるが、そのあと「人のいのちをおそれて」動物園に行っている。有名な「鶴のあたま」の歌がある。

わが目より涙流れて居たりけり鶴の頭は悲しきものを/斎藤茂吉『赤光』

人が亡くなった歌のあとに動物園へ行ったり山菜とりに行った歌が置かれていて、場面が二つ用意されている。誰かが亡くなっても自分の生はつづいてゆく。

山や動物園に場面が切り替わっても死の悲しみは続いていて、動物も山も悲しみに染まってゆく。
おひろも左千夫も亡くなっているし、そうして見ると死の悲しみの大きい歌集だ。

『赤光』おわり。







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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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