「かばん」2016年12月号を読む  ~こころこわれていませぬように、ほか


かばん 2016年12月号。

今回は会員作品や評のページを読みます。
それ以外のもろもろについては以前書きました。

「かばん」2016年12月号に寄稿しています/初めての「かばん」 : ▼存在しない何かへの憧れ
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52181573.html







次にくる彗星の日にわたしたちこころこわれていませぬように/沢茱萸「千年前の未来」
→「いませぬように」という言い回しに、すでに壊れかけているような危うさがある。「次にくる彗星の日に」にしても、意味はわかるが妙な言い方だ。



紀伊国屋上のスタバのキッチンでエイリアンの子産む音がする/百々橘「晴れた秋の日」
→スタバってくつろげる空間だとは思うのだけど、時々すごい音で何やら飲み物を生成している。あの音がエイリアンの子を産む音だということならよくわかる。
紀伊国屋の上という位置関係を出している。紀伊国屋にいるときに上から聞こえてきたのか。

紀伊国屋、スタバ、キッチン、からのエイリアンで、いい跳躍を見せている。
ただ、こなれてない感はある。「紀伊国屋上」と書かれたらなにかの屋上みたいにも見えちゃうし、「エイリアンの子」と「産む音がする」の間に助詞がほしくなる。



とつぜんのメールなんども読み返す「死」という文字の妙なあかるさ/東こころ「観覧車」



姉さん 私はずっと寂しくてあなたの吹いたしゃぼん玉想う/鈴木智子「解雇通知」

→こういう初句に弱い。字足らずに、一字空けに、家族への呼びかけ。ぐっとつかまれる。しゃぼん玉がますます寂しい。



もうだめだ 誰かが捨てた自転車に絡まっているあれは水着だ/木村友「パン、細道、パン」
→また初句で切れる歌に丸をつけていた。
「ぶちまけられてこれはのり弁」という持っていき方を思い出す。男の水着か女の水着か、からまってるのはハンドルのあたりかペダルかと考えた。いずれにしろ、もうだめだ。



閻魔蟋蟀閻魔蟋蟀十代はほとんど部屋にいたんじゃないか/柳本々々「今のペン」
→むずかしい漢字が並ぶだけでワッとなにか感じるものがある。閻魔はおそろしいが、コオロギならたいしたことない。でもやっぱり漢字だとものものしい。そこへ、青白い日陰っぽい呟きが接続される。
コオロギに呼びかけているような、閻魔大王に十代を裁かれているような二重のイメージ。



僕たちの世界は動き始めてる 音漏れの交響楽の向こうで/土井礼一郎「ねずみがおおい」

いい人を演じるときの君はこの村で唯一の仕立屋である/土井礼一郎「ねずみがおおい」

→よくわからないなりに魅力を感じた一連だった。
日常でいい人を演じることはあるが、村の仕立て屋というといよいよ劇の中にいるみたいだ。そしてそれは地味そうな役だ。



昼寝する夫の腹に〈馬場あき子自伝〉ゆっくり上下しており/鯨井可菜子「手水舎」



ためらってしまうなぜなら願望には十六本も横棒がある/高柳蕗子「雑霊」

→思わず数えてしまった。そして十六本の横棒を確認した。
横棒と願望へのためらいが「なぜなら」でつながっている。そこに謎というか引っ掛かりのポイントがある。横棒が多いと素直な感じがしないし、檻みたいに見える。


以上、12月の会員作品から引いた。

気になったところ二つ。
1、ルビがあるとそこだけ行間が広がり、均一でなくなる。使うなら気をつけたほうがいいだろう。自分がもし出詠したら、とどうしても想像してしまう。
2、使い回しが多い。再掲であることが明記されているもののほかにも、よそで見たことある歌があった。別にそれは質の低下にはならないんだぞと自分に言い聞かせながら読んだ。






評のページでは、吾妻利秋さんの前置きや後書きが印象的だった。

印象的だったといっても良い意味でのそれではない。
締め切りがせまってるとか、こういうのは苦手なんだとか、まだ全然読んでないとか、言い訳のオンパレードだ。
それでいて、
短時間で書き上げたんだから褒められやしないかと言ったり、これは評ではないとか言っている。案の定、読みが浅い。
いっそのこと、言い訳以外なにも書かなきゃいいと思った。

「塔」の選歌欄評を依頼されたことがあるんだけど、依頼の文書に「初回の挨拶は不要」と書いてあったのを覚えている。歌とその評以外はいらないっていうことなんだと理解した。
「未来」だともう少し柔軟で、初回と最後に挨拶したりしている。
「かばん」はさらに自由で、言い訳に何百文字使ってもいいし、その次のとみいえひろこさんみたいに歌を通して思索を深めていくような評もある。



おそらく編集人のながや宏 さんが書いたと思われる編集後記に、表紙の絵(少女幻想共同体さんによる)について書いてあった。
オレは「描かれている女の子がかわいい」くらいしか見てなかったんだけど、編集後記にはその解釈が書かれていて、これが見事だった。絵と短歌が響き合っていたことに気づかされた。



以上です。






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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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