保坂和志『小説の誕生』メモ


保坂和志『小説の誕生』を読んだ。以前『小説、世界の奏でる音楽』を読んだが、その前にあたる小説論。同じ中公文庫、1048円。ページ数も同じくらいの520ページ。慣れたせいか内容はそこまで難しくは感じなかった。



印をつけたところを引いてみる。



23
芸術家は社会的に価値のある存在である必要はないが、社会の側から芸術家の存在意義を問うてきたら、返答は、社会の流れと別のことをしていることが芸術家の価値なのだ。


26
ブームはじつは少数の人に向かって開かれている。三百万人の人が読んだ、一千万人の人が見た、といってもそれらは少数でしかない。(略)
それに対して芸術はしかるべき道筋さえ与えられればほとんどすべての人がそれに対して何かを感じることができる。

61
音楽や絵の前で言葉を必要とする人はそれをどう受容していいかわからない人たちだ。

66
リアリティというのは「本当らしさ」という風に訳されるのがふつうだろうけれど、表現におけるリアリティとは、「取り換えが不可能であること」とか「抜き差しならなさ」ということだ。

76
身振りばっかり小説家を真似る人がいるけれど、もちろんそんなことは全然意味がなくて、小説についてすでに小説家になっている人と同じように考えることができている人だけが小説家になれる。

91
言語はどの言語においても、古代の方が現代の言語より文法が複雑にできている。私たちは平安朝の人たちのように敬語を使うことができない。言語が簡略化されれば簡単なことしか表現できなくなる、というのは道理だ。

252
「王様は裸だ」という一言が真理である保証は、現実世界においては(略)どこにもない。

307
「人間は自分の死をこえて、生きつづけることができるのか?」
この問いの「人間」は「人間」に限定されるのか、「動物」「植物」と広げてかまわないのか。
「自分の死」は「肉体の死」のことなのか。
わからないことだらけというか、保留さておかなければならないことだらけなのだが、この問いから逃げてしまったら、小説も芸術も意味がなくなる。

小説というものの全体がこの「死」をめぐる問いに答えるために書かれていると言っても言いすぎではない。

309
ザムザが変身してなったのは(略)虫であるかどうか確定することすら、作者によって避けられている。

331
いまいる場所と別の場所に何かを求めるのではなく、いまいるここを何かにしなければならない。

387
「偉大」とは「異質」ということだと私は思う。(略)文学というのは、絵や音楽のように物として見えたり聞こえたりするものではないから、それを真似たり消化したりするのが事のほか遅く、百年くらい経っても「異質」が「異質」のままなのだ。

513
視覚的なイメージが生まれるのを遮断する訓練が私たちには必要なのではないか。視覚的なイメージやモデルは私たちに時間の展開を不思議なほど感じさせないを年表のように直線上に項目を並べた図を見て私たちは時間を何か感じるだろうか。そういう何も時間を感じないものを見て、それが時間についての何かを語っているかのような教育を私たちは受けてきた。




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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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