保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』メモ


保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』を読んだ。中公文庫。520ページ1048円。

小説について書かれた三部作の第三部にあたる。

量もあるが、中身も濃い。
9章と10章が重要だというし順番に読む必要がないようだから、先に9章を読んでみたが、むずかしかった。

話は小説にとどまらず、哲学や絵画や猫やさまざまなことに及んでいる。哲学の割合が大きい。長い引用もある。一つの文を二度三度も繰り返し読んだ。そうしないとついていけないからだ。頭を使う本だ。

むずかしいが、ほかでは読んだことないような内容をたくさん含んでいて、素晴らしかった。難しいにも関わらず、空いた時間をすべて使って読んだ。

オレは夢のなかで、深い内容をもった素晴らしい本に出会って熱中して読みふけることがある。だが目覚めるとすっかり忘れている。
この『小説、世界の奏でる音楽』はそうした本を思い出させる。オレが夢で出会った本も、きっとこんな内容なのだと思う。
重要なのは9章10章だとしても、順番に1章から読むのがいい。どこからでも読めるが、多少は前後の関係がある。
3章の残酷なエピソードが特に印象的だった。







以下抜粋。数字はページ数。


15
批判は知的な行為ではない。批判はこちら側が一つか二つだけの限られた読み方の方法論や流儀を持っていれば簡単にできる。本当の知的行為というのは自分がすでに持っている読み方の流儀を捨てていくこと、新しく出合った小説を読むために自分をそっちに投げ出してゆくこと、だから考えることというのは批判をすることではなくて信じること。そこに書かれていることを真に受けることだ。

18
小説というのは文章の出来を競うものではなくて、文章によって何が書けるか? つまり、言葉によってどういう風にして世界と触れ合うことができるか? を試行錯誤するもの

77
書き方を変えれば題材をことさら新奇なものにする必要はない。というか、同じ書き方をしていたら題材や舞台を変えたところで同じことしか起こらない。

84
小説はリアリティがあるからおもしろいのではなく、おもしろい小説には何らかのリアリティがある。この関係を間違ってはいけない。読者にしろ書き手にしろ、リアリティがどういうものであるか、本当のところ事前に何もわかっているわけではない。だから小説が書かれて読まれることに価値がある。

373
大事なことは、新奇な何かや新しい趣向を盛り込むことではなく、小説について考えることでしかない。新奇なことはじつは小説にとってただの繰り返しでしかない。(略)「小説のスタンダードとはどういうことなのか」と考えることだけが小説を新しい領域に連れてゆく。

438
私にはいま人間が全体として陥っている思考様式は、細部の正確さへの誘惑であり、コンピュータも制度も経済もすべてそこから生まれてきたと思える
439
芸術とは細部の正確さにとらわれてしまう思考様式とそれが生み出した現代の世界を覆い尽くしつつある思考様式に対峙する、人間と自然の領域なのだ。

463
何かを書いたり創ったり表現したりする人が「いま」という時代に信を置くことが間違っている。「いま」という時代が嫌いで、「いま」と距離を取りたいと思っている人を自分の読者や観客に想定しているはずで、そういう人たちの人数が多いはずがないではないか。何かを書いたり創ったり表現したりすることは、本質的に「まだ見ぬ者に向かって」なのだ。「多数=売り上げに向かって」ではない。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

最新記事
リンク
月別アーカイブ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR