「なんたる星」2016年10月号を読む  ~モノマネ芸人の四平ちゃん、ほか


「なんたる星」2016年10月号。

http://p.booklog.jp/book/110300/read




ビッグコミックスピリッツなど買った日も寿命は待ってくれないだろう/スコヲプ「チックとタック」
→なにをしていても時間は経過するということは、わかってるけどいちいち意識しなくて、言われるとキツいなーと思う。「スピリッツ」から魂を連想するなどした。


世界中を敵に回しても守りたいコンビニ袋の水平がある/スコヲプ「チックとタック」
→世界中を敵に回しても、はJ-popにありがちな歌詞だ。「水平がある」というおさめかたは変にキリッとしている。「絶対に負けられない戦いがそこにはある」というのがそうであるように。

ビジネスホテルに泊まる夜のコンビニは最高に楽しいんだけど、ビジネスホテルに辿り着くまでは命がけだ。普段買わないモノを買うから、水平の感覚が分からない場合が多いのだ。だから、ゾンビが目の前にいても、そのまま踏む。
というのが、この歌への「なんたる星」 @nantaruhoshi さんの評というか感想というか関連したツイートだ。
これにくらべるとオレはとても野暮なことを言っているのはわかるんだが、野暮なところから起こしていかなきゃいけない気がしている。

コンビニ袋の水平が守られないということは、袋の中の弁当やなんかが片寄るということだ。その程度のことに世界中を敵に回して云々と言っているところがおもしろい。さっき言った理由で「がある」も効果的。



いきものの死体を埋めたことのない人がマイクをぽんと叩いた/加賀田優子「庭のあるおんなのこたち」
→これもたぶん何回も書いているんだけど、一首のなかにふたつの事柄を入れると、そのふたつが関連しはじめる。いきものの死体を埋めることとマイクを叩くことが関連しはじめる。反応が起こる。

死体を埋めるとは死を悼むとか、そういうことだ。「生き物」ではなくひらがなで「いきもの」とされていてそこにニュアンスが生じる。「物」じゃない。

マイクを叩くのは、物の扱いがちょっぴり雑だという程度のことだ。が、いきものの死を置いたことで、雑が大きくなり虐待や暴力にまで近づく。
マイクを叩いた音がマイクに乗ると「ぽん」が拡大されて「ボンッ!!」になる。いきものを殺した音を聞くようだ。



臓器移植カードを栞にしたままで返却されてゆく本 二冊/加賀田優子「庭のあるおんなのこたち」
→どうしてそうなったのかが気になるし、このあとどうなるのかも気になる。
うっかりそうしてしまったんだと読んだが、二冊だったら確信があってのこととも読める。二人の臓器が果てしなく遠くへ行ってしまうようで不安になる。



気にしなくていいよふたつの春巻きをひとりで食べる電気つけない/はだし「おしゃべり」
→これも「ふたつ」だ。「二冊」とか「ふたつ」には推測したくなるものがある。
なんらかの理由で、ふたりで食べるものをひとりで食べている。気にしなくていいよと言いながらも、部屋を明るくしようとしないところに気持ちがあらわれている、ように見えた。



ゴミ箱にヘッドスライディングじゃ、って感じでかなり失恋でした/はだし「おしゃべり」
→ゴミ箱にヘッドスライディングするとどうなるかというと、頭からゴミをかぶることになる。失恋だけど「じゃ」もあって漫画的だ。

野球でホームベースにヘッドスライディングすれば、得点する可能性が上がるわけだが、相手がゴミ箱ではどうにもならない。アウトもセーフもない。成功する可能性のないところに全力でいくような失恋、それは「かなり」の失恋だ。



10月号は「焼きそば号」ということで焼きそばの短歌がいくつか載っていた。

真夜中のピッチャーマウンドで食べる焼きそばの濃いとこ濃いとこ/ナイス害
→奇妙な光景だ。ベンチでも客席でもなくピッチャーマウンド。奇妙なうえに字足らずもある。
「濃いとこ」はなんだろう。外角高めを狙って攻める、みたいな気持ちで「濃いとこ」を攻めてるのか?



「一平ちゃんのモノマネ芸人の四平ちゃんが昨夜ひき逃げに遭いました」/ナイス害
→一平ちゃんのモノマネっていうけど、一平ちゃんって誰なんだよって話だ。焼きそばの名前ではあるけど、人の名前のようでいてそういう特定の人物はいない。以前は松村邦洋がコマーシャルで「一平ちゃん」を演じてたけど、今は違う。

だから四平ちゃんは元々が誰なのかよくわからないようなものをモノマネしていたわけだ。似てるのかもわからない。昨夜亡くなったのなら、もう確かめられない。

「四」は「死」みたいだし、「二平ちゃん」「三平ちゃん」が抜けてるのも気になるところだ。
そして、よくわからないものを真似する、聞いたこともないような名前のモノマネ芸人を、轢いた者も逃げていなくなってしまった。なにもかも闇のなかだ。鍵括弧に入ったニュース音声だけがある。



そあとに散文などが置かれた自由なページがある。
ナイス害さんの「こんな焼きそばは嫌だ」は大喜利の上質な部分を見せてくれる。大喜利にも連作みたいなものはあるのだろうな。より大きくウケるような並べ方とか。
スコヲプさんの「焼きそば歌集」の文章は逆に、ひとつの大きなもののために助走をつけていく文章で、これも面白かった。



「ネット大喜利からきました」みたいなことは言うけど、ネット大喜利ってなんだ、どんなサイトがあってどんな人がいて何が起こってるのか、みたいなことはほとんど彼らは言わないんだよな。短歌の人はきかれなくても「こういう場所でこんなことしてます」ってすぐ言いそうな気がするけど、どうかな。


そんなことをを考えながら終わります。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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