「塔」2016年9月号を読む  ~架空の人はおとずれて、ほか

塔 2016年9月号。
「塔」は読むのがだいぶ遅れている。10月号までは読んである。


愛するものなければ静かに散(ばら)けゆく雲を見ており音楽室から/福西直美
→雲の様子「静かに」と「音楽室」はひそやかにつながっている。
このルビはおもしろい。「ちる」と「ばらける」の味わいの違いを思う。
ばらける雲は、愛するもののない心理状態のあらわれか。


どこまでが本当なのかとたずねたら私を残して切符は消えた/多田なの
→夢かなあ。夢を夢だと気づくと目が覚めるということがある。疑ってしまったばかりに、行けなくなる場所がある。「私を残して」が孤独だ。


寝そべったわれの頭上でカーテンはふくらんだりしぼんだりしておりぬ/逢坂みずき
→あるあるーとただちに共感した。カーテンが呼吸して生きてるみたい。「われ」が寝そべっていることでカーテンがより生き生きして見える。


ザリガニだ そのひと声にわらわらと子ら集まりて橋が塞がる/ぱいんぐりん
ザリガニと橋といえば、思い出す歌がある。

不気味な夜の みえない空の断絶音 アメリカザリガニいま橋の上いそぐ/加藤克己『球体』
よく見れば似てもいない歌だ。
ザリガニといえばアメリカ、橋といえば何かと何かをつなげるもの、といったイメージで追いかけていくと、無邪気なばかりの歌でもなくなってくるが、この場合はどんなものかちょっと判断がつかずにいる。


錦織圭ファイナルセットを見届けてテレビを消せば部屋に声なし/宮地しもん
→会場の観衆の一人になった思いで、熱く試合を観戦していたのだろう。たくさんの声のすべてが画面の中のものだったと気づく瞬間。


子とわれに架空の人はおとずれて太き声出す雨の夜の道/花山周子
→「架空の人」が気になってたまらない歌。架空とはいうけど「太き声」に現実っぽさがある。おとずれるってことは偶然会ったわけではないってことだよな。「雨の夜の道」なのがちょっとこわい。

風つよき日に子が拾いたる木片が白いタオルに包まれてあり/花山周子
→オレは松ぼっくりを拾い集めたことがあるけど、子供って外でなにか拾ってきたりする。木片が強かった風の記憶を呼びさます。
タオルのよくわからなさ。表面がとげとげしてる木片なのかなあ。


よく切れる鋏のやうな重たさで雨がふるなり窓越しに聞く/河野美砂子
→刃の鋭さが重さになり、重さは雨になり、雨を隔てる窓があらわれ、鋭さも重さも雨も窓越しの音となる。

夜の辻マンホール下に広ごれる闇に底あり水音ひびく/河野美砂子
→これももしかしたら似た歌で、空間や暗さが音へとつながってゆく。感覚と感覚の行き交うおもしろさ。


帽を振ることが即ち永遠の別れを意味する時代がありき/三井修


バカボンのママのやさしさわれになく右に左に家族を叱る/栗木京子

→みずからをバカボンのママになぞらえているということは、家族をバカボンやバカボンのパパだと言ってるようなもので、そこに面白味がある。「右に左に」も漫画っぽい動きで楽しい。左右に吹き出しが出ていそう。



おわります。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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