斎藤茂吉全集 第二十五巻を読む ●アララギ編輯所便、ほか


岩波書店の「斎藤茂吉全集」第25巻を読んだのでそれについて書いていきます。「雑纂一」という巻。

840ページあるうちの400ページから550ページまでの「アララギ編輯所便」を目当てに読んだ。

これは編集後記みたいなものだ、と言ってしまっていいんだろう。結社誌「アララギ」に関して、報告や注意や雑談めいたことがさまざま書いてある。

オレはこういうの好きなんだよ。最近の本でこれに近いのは永田和宏さんの「新樹滴滴」かなと思ったけど、それよりもっとゴチャゴチャしている。



茂吉の「アララギ編輯所便」は明治43年3月號から始まり、昭和9年11月號で終わっている。途中で空いている期間もある。
はじめは「編輯所より」だったのが「編輯所便り」になり「編輯所便」になって落ち着く。


明治43年の最初の一文に迫力がある。
『アララギには廃刊と申す事実は到底あり得べかざる事実に候。若し寸毫にてもアララギを疑はむものは正に無間地獄に堕すべし。』
「無間地獄」ってじつはよく知らないなと思って調べると、いろいろおもしろい。いくつかある地獄のなかでも特にすごい地獄で、絶え間なく苦しみを受けるのだそうだ。

『百本の巻煙草を恋しがつてアララギに百銭の寄附をためらふ者は餓ゑ死んでしまふべし。』
と寄附をよびかけている。

かなり強気だが、数行すすむと態度が変わる。
『アララギには遅刊など申す事実は到底あり得べからざる筈の処、世の中には変な事もあればあるものにて到々遅刊してしまひ候。何卒御勘弁願上候。』

翌月。
『一処に声あり。小生等を目して生意気なりと申候。有り難い仕合せに候。小生等は、意気の『生(ナマ)』なるをこそ尊しと存じ候へ。意気の生なるを発するこそ、真のおのれと存じ候へ。煮たり炙つたりした意気とは如何なるものなるべき、聞きまほしく候。』
生意気だと言われて、ユーモアを交えて反撃している。
こうした文章は始めのほうに多くて、後のほうになるとだんだん毎月の報告が増えていく。

語尾の「候」がいつまで使われているかを見ると、大正二年から普通の文章と「候」が混ざりはじめ、昭和二年を最後に「候」が消える。



アララギは資金に困っているらしく、そのため廃刊まで考えている。明治43年にはあんなに強気だったのだが、これは大正元年九月。
『何も彼も小生の腑甲斐なきために候へども、アララギは本月限り廃刊しようとの議も有之候ひき。世の中が段々忙がしくなり米も高く、一見呑気な短歌雑誌などに目を呉れる暇が無くなつた様にも考へられ候へば。』
一転して弱気、大ピンチだ。
『併し一方柿の村人を中心とせる信濃の同人は、今雑誌を出すのは決して無意義では無い。餓ゑても出費すると迄言ひ越し申候。』
という力ある言葉で危機が回避される。「柿の村人」ってなんのあだ名かと思っていたら、島木赤彦のことだ。あだ名や愛称ではなく、ほんとにこう名乗っていたと見える。

はじめのほうこそ威勢よく生意気と言われていたものの、その後の茂吉は謙虚だ。協力者に感謝し、校正の不備や遅れにお詫びを繰り返し、誰かが本を出せばみんなで読もうと呼びかけている。



昭和3年7月。
『アララギの発行所にゐる者といふ名で、ポトナム社へ宛てて悪口の手紙が行つたといふことを聞いたが、これは誰かのいたづらであらう。併しさういふことは神明の巨眼が照覧してゐるものである。』
「神明の巨眼が照覧してゐるものである。」使ったことない熟語ばっかりだ。
自分への悪口を見たら思い出したい。



だんだん同じ内容が繰り返されるようになる。
▽締切を守ること
▽投稿規定を守ること
▽かなづかいは辞書で確認
▽丁寧に書くこと
▽誤記の訂正
▽寄付のお願い/寄付への感謝
▽誰それが亡くなった
▽投稿用の原稿用紙があるから必要な者は買うように

こうした内容はいまの結社誌でもよく見る。



逆に見慣れないものだったのは
▽創刊の知らせがたびたびあること。あらたな結社が続々と生まれている。
▽歌会に関してほとんど書かれていない。
▽「発行所面会日」というのがあり、選者と会える日が月に二日ほど設けられその日付が明記される。
▽歌集が出ると「批評号」として大きく特集する。



短冊に歌を書くのを求められるらしい。
『短冊色紙などに歌かくこと恥をさらすに等しきことゆゑ、書かぬ。また返送もせぬ。これも予め御承知をねがふ。或る高等女学校の校長、勝手に短冊おくり、時経たるに、短冊の返送を迫り来る。われ等にはそんな無駄な暇は一秒たりとも無し。』

こうした要望は多かったようだ。大正四年には「アララギ短冊会広告」という記事がある。上等の短冊に数量を限定して歌を書き、それを有料とした。




「アララギ編輯所便」からは以上。






その後は「雑篇」としてその他アララギなどに載った文章が載っている。長さも内容もまちまちだ。なかには挿し絵がないのに挿し絵の説明があったりもする。


『歌稿を速達便で送られるのは罷めていただきたい。夜分おそくなつてから届くことがあるので困る。それから一たん投稿した歌を改めるといふ通知も選者は難儀するから罷められたい。さういふ歌に限つて大体選に入らないのが多いやうである。』
昭和14年。古く感じない。



昭和19年。
『ブチノメスべき時が近づいた。タタキコロスべき時が近づいた。昼夜をわかたぬ一億動員は、このブチノメスときの大歓喜、大踊躍を体験せんがために他ならぬ。奮へ奮へ奮へである。進め進め進めである。不退転である。不休息である。常攻撃である。』
そうか、「フレーフレー」っていう応援があるけどあれは「奮え奮え」なのかな。
カタカナの使い方が独特だ。力強さ、なのか。野蛮な印象を受ける。


「緊急!!切望!!」という文章。
『ねがはくはアララギの会員諸君。所持の銀品を大小問はず悉くさし出してお売りください。さうして一人から一人に必ず所持の銀品をお売りになるやうお頼みください。歌の問答を始むる前に先づこの問題の実行を解決してください。』
今と変わらない、と思っているとこういうものも出てくる。変貌ぶりにおそろしくなる。



最後に、最近オレが感じたこととそっくりなことを茂吉が書いてるのでそれを紹介して終わる。
「埋草」という文章。いかにも、全集でなければ収録されないようなタイトルの文章だ。タイトルから察するに、ページに余白ができたからという理由で書いたのだろう。

『歌の解釈をするに当つて、その解釈を一つの可なり長い文章(美文的の文章)にすることがある。これも一つの気の利いた方法には相違ないが、ややともすると主である『歌』から飛び離れた、交渉の少ないものになることがあるかも知れない。『歌』に少しも現れてゐない余計な事を言つたり、又は歌の心持を誤り伝へて筆のすべることがあるかも知れない。さうなると解釈の本分を逸することになる。』
『第三句がどうだとか、この助動詞がどうだとかよく言ふ。さうすると読んで呉れる人々が注意をそれに向けることが出来、それによつて自由に一首全体を味ひ得るに至ることがある。己の経験によるとかういふ釈なり評なりの為方が、自他ともに一番ためになるやうに思ふ。』




以上です。

冒頭の画像はなかのページから。いつもは表紙を撮っているんだが、この本は表紙に何も書かれていないのでこのようにした。


んじゃまた。

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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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