「塔」2016年7月号を読む  ●塔新人賞ほか

塔 2016年7月号。一ヶ月遅れ。



そこからは動けない風 半分に切られた林檎うつぶせたまま/前田康子「ふたつしかなく」
→切られた林檎の下に、動けなくなったわずかな風があるのだと読んだ。すごく小さいところを見ている。林檎が風を離すまいとしているようでもある。
でも「そこ」がほかのものを指している可能性もある。


咲きさうなつぼみがそこにあるごとく足の指先子はつかみたり/澤村斉美
→足の指先をつぼみに例えた。興味をもってつかんでいると見た。
小さな子にとっては自分の体も不思議いっぱいなのだろうな。自分の体が自分のものであるかという意識からして違う。


猫バスの脚は何本?即答ができる一人をラボに見つけぬ/永田紅
→となりのトトロにでてくる猫バスにはたくさん脚がある。そういえば何本だろう。
「ラボ」のおかげで、猫バスが特殊な生物として研究対象になっているかのように見える。


唇の皮を剥く癖遠くからふいに見られて手をまるめたり/宗形光
→新樹集から。
唇の皮をむいているのをごまかそうとして手をまるめたのか。とっさの動きだ。
ほかの歌でも、新刊の角、名刺の隅、傘についた花びらといったささやかなところをとらえている。




ここからは塔新人賞の歌をいくつか。

黒鍵を撫でてみたくて手袋をはずせばただのてのひらひとつ/安田茜「ひるなかの耳」
→楽器への欲求から、生身の自分の肉体へ。


さみしさをめずらしく言うきみからの電話のこちらがわでともす火/安田茜「ひるなかの耳」
→もしかするとこれも似た種類のおもしろさの歌かもしれないな。
さみしい心をなぐさめるであろうあたたかさと、ほんものの火。火や熱は電話の向こうへはとどかない。「こちらがわ」の火はあちらがわを照らすことはない。物理的な距離と心の距離。


おほき猫の死骸にかけしダンボール束の間の雨に色を変へをり/穂積みづほ「三つの数字」


めちゃくちゃにしたら気持ちがいいだろうホールケーキを抱えて帰る/稲本友香「晴天の遊歩道」

→思っていることとやっていることのずれ。不可能ではなくても永遠に実行されないことがある。


通帳の印字の薄い七月のそこから減っている貯金額/川上まなみ「浅き春」
→あるなあ。印字されるたびに字の濃さが微妙にちがう。濃くても数字より多くならないし薄いからってすくないわけではないんだが、でも薄いと儚く感じたりして。


樹には樹のたましひありと言ふひとに隣りてチェーンソーのひた鳴るを聞く/溝川清久「けやきの谺」
→これと次の歌は塔短歌会賞から。溝川さんはこれまでもこの賞で複数回上位にきていた方と記憶している。
自分には感じられない樹の魂を想像しながら、チェーンソーの音を聞いていたのだろう。


帰ったよ ひとり入るとテーブルは砂糖を撒いたようにしずかだ/荻原伸「シナモンガム」
→下の句の比喩がおもしろいと思って丸つけた。帰った部屋のなかで、特にテーブルにしずかさを感じているが、この感覚はわかる気がする。
ひとりなのに「帰ったよ」と言ったのか、あるいは心の声か。



ここからまた月詠にもどる。

見上げれば全てを君にあげたいと願うほど枝の先まで桜/鈴木晴香
→桜の咲き方と思いが連動している。「枝の先まで桜」は視線を桜の枝の先端へと向かわせる。心の中のメーターがフルになっていくイメージ。

使わなくなった暗証番号のように桜の花びらの舞う/鈴木晴香
→同じ一連から。七月号は四月にしめきりがあるので桜の歌が多い。
桜のほかに銀行も題材になっていて、二つの題材によって一連ができている。この歌はその両方がある。


こんな顔をしてゐるのだらう 二十歳年上の人に話すときわれも/穂積みづほ
→二十歳年下の人に話しかけられているときに、こんなことを考えているわけだ。鏡を見ているとき以外の自分の顔ってなかなかわからない。


宛先のさんずいへんがことのほか上手に書けた初夏の朝/清水良郎
→さんずいはわかるが「さんずいへん」って言葉はあるのかと検索したら、広辞苑にあるとYahoo!知恵袋の回答者が言っていた。
さんずいの水のイメージと「初夏の朝」が響き合い清涼感がある。


さみしくてこたつの電源入れました 曇ったままで暮れていきます/上澄眠
→今この季節にみると暑苦しいが、寒い時期の憂鬱な感じがよく出ている。下の句は視線が空にいっているのだろう。手紙の文面のような丁寧語がいっそうさみしい。


盛岡はつぼみ、一ノ関一分咲、古川五分咲、仙台満開/大坂瑞貴
→一首のなかで東北を南下し、桜がひらいてゆく。
天気図を見てるというよりは、電車で旅しているような感覚だ。同じ東北でも桜がこれだけ違う。


床に落ちた鋏を拾う束の間の刃の鈍い光恐れる/真魚



夕立を聴きながら飲むミルクティー洗濯物は濡れてるだろう/内海誠二

→自宅にいるんであれば、「さっさと取り込んで!」という歌になるが、外出先で飲んでいるのだろう。
ミルクティーもさることながら「聴き」に雰囲気がある。


点滴を照らす夕日が紫に変はりゆくまでのながき夕暮れ/森敬一
→病院で点滴を見ながら過ごす一日の長さが感じられる。




以上です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

最新記事
リンク
月別アーカイブ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR