工藤吉生が選ぶ 2016年上半期短歌大賞 55首【1】総合誌部門

今年も半分が終わりました。
第5回ぬらっと!短歌大賞 #2016上半期短歌大賞 を発表いたします。
今年の1月から6月に読んだ全ての短歌のなかから特に心を動かされた55首を選びました。

このブログではコメントつきで紹介しますが、歌だけをまとめたものもあります。
#2016上半期短歌大賞 55首 - Togetterまとめ https://t.co/X60WvjAcKc
歌だけのまとめはこちら。



ではいつも通り、総合誌(+NHK短歌)部門、結社誌部門、その他歌集歌書部門、ツイッター部門の四つに分けて紹介していきます。

「総合誌」は、短歌研究は毎月読んでいて、その他は読んだり読まなかったりしています。
「結社誌」は塔と未来となんたる星を読んでます。
「その他歌集歌書」は実にいろいろですが、今回は『桜前線開架宣言』の存在が大きかったです。
「ツイッター部門」はタイムラインで知った短歌が対象です。

これまでですと半年に1500首程度をツイートしていてそこから選んでるんですが、たぶん今回はそれより少なくなっています。1000首あるかどうかというくらいでしょうか。



津波にて海ただよひし裸婦像がホールに立てり傷跡ふかく/岡田紘子
角川短歌年鑑平成28年版
#2016上半期短歌大賞 1/55

→短歌年鑑のなかにさまざまなコンテスト、大会の大賞作品が載っているページがあって、そこで見た歌です。
裸で海をさまよい、傷を負いながらも再び立っている像。希望のようでもあり、痛ましいようでもあります。


「オモチカエリデスカ」「ピッ」と言ひつつ幼子は吾の背中に何か押し当つ/花山多佳子
角川短歌年鑑 平成28年版
#2016上半期短歌大賞 2/55

「→背中だから、何を押し当てられたのかよくわからない。
楽しいごっこ遊びでもあり、自分がお持ち帰りの商品として機械で処理されたようでもある。孫歌でありながら、現代の不安も映し出した、すごい歌だ。」

と以前書きました。
これは角川短歌年鑑の「作品点描」というのに載っていた歌です。歌人ごとに一年の活動を振り返るページです。
ですので、2015年の歌ということになりますね。


匍匐前進しつつ迫りてゆくさまをもしよかつたら見せてやらうか/関広範『いちぜんめし』
短歌研究 2016年1月号
#2016上半期短歌大賞 3/55

「→戦争を記録する品物やエピソードがあるが、このように動きでもって示すことのできる人がいるのだ。
こんなこと言われても「ではぜひ見せてください」なんて言えないだろう。新聞テレビの取材だったら言うかな。大正十一年生まれとある。」

と以前書きました。

「もしよかつたら」は、見たくなければ無理にとはいわないが……という配慮でしょうが、こちらが選択しなければいけないということでもありますね。見たら見たでどうすればいいんでしょう。「すごいですね」とか言えばいいんでしょうか。
体験を語り継ぐということの難しい部分があらわれているのではないでしょうか。


君の見る走馬燈の中にわたくしの一発ギャグがあれば良いのだ/川島結佳子「あれば良いのだ」
短歌研究 2016年2月号
#2016上半期短歌大賞 4/55

→去年の短歌研究新人賞次席の「感傷ストーブ」はオレにはそこまでではなかったんですが、それ以後は何かと引っかかる歌が多くて、今では気になる歌人の一人であります。
走馬燈に一発ギャグを見て、フッ……と笑いながら死ねたらいいでしょうね。


歌うたふ老人たちの最後尾に妻をり車椅子に頭(かうべ)を垂れて/杜澤光一郎「映画 他」
短歌研究 2016年4月号
#2016上半期短歌大賞 5/55

→前にツイートしたときには何も言わなかった歌ですが、今回も何とも言えません。わびしい。


待ち合わせもろくにできない 茄子がまずい 君に会いたい 茄子が食えない/石井僚一「おまえの声じゃねーと寝れねーんだよ」
短歌研究 2016年5月号
#2016上半期短歌大賞 6/55

「→茄子はあんまり人を待ちながら食べるものじゃない。茄子を食べながら君にも会おうとしていると読むときびしい。待ち合わせに失敗して茄子を食ってると読めなくもないが。
二つの場面が交互に切り替わる。関わりなさそうで、しかしなんだかどちらも苦しんでいる。根底には似たものがありそうだな。
あるいは夢の中だったりするのか。「寝れねー」結果、悪夢を見ていると。
ナスを「茄子」と漢字表記にするとちょっと人名っぽいことを思った。」
と以前書きました。

君と茄子が交互に出てくる場面転換が、何度読んでも面白いです。


疎開した綾町(あやちよう)を母は絵に描(か)きぬうすやみのなか低き井戸あり/吉川宏志「鳥ふたつ」
角川「短歌」 2016年1月号
#2016上半期短歌大賞 7/55

「→うすやみと低い井戸。なんだかおそろしい。戦争、疎開といったことがこの「うすやみ」を作り出したようにも感じられた。
調べると宮崎県のようだ。」

と以前書きました。


掃除機のコードひつぱり出す途中にてむなしくなりぬああ生きて何せむ/小池光『思川の岸辺』
#2016上半期短歌大賞 8/55

「→コードがのびているのを反映してか、字数も増えている。むなしさはふいにやってくる。これから掃除するぞという動作のときにもくる。」
と以前書きました。
歌集の歌ですが、角川「短歌」一月号で最初に見つけたので総合誌部門に入れました。
「ああ」は無いほうがおさまりが良さそうですけども。でも、そこが大切なんでしょうね。くたびれてしまって、四句から結句へ行く間に一息ついているみたいです。


沈んだところのふたつてまへまではみづ切りの石もその気だつた/平井弘「キスケ」
角川「短歌」2016年5月号
#2016上半期短歌大賞 9/55

「→その気だった石が、二回跳ねるあいだにみるみる勢いを失って沈んでしまった。
人もみるみる衰えて亡くなったり、挫折してしまうことがあると思うと、ふいに来る失速がこわくなる。」

と以前書きました。
「その気」の石の気を削いで失速させ沈ませてしまう何者かの巨大さを感じる、こわい歌だなあという感想です。


この星の破片をあなたは手に取つていま水切りの体勢に入る/飯田彩乃「微笑みに似る」
歌壇 2016年2月号
#2016上半期短歌大賞 10/55

水切りの歌が続きました。
「→そのへんの河原の石も、星の破片なんだね。宇宙からの視点がある。
水切りの体勢に入る、その瞬間のさまが描かれる。投げられた石でも水面でもない。見ているところがいい。
星というはるかな規模から、すごく細かいところへ自在に展開する。」

と以前書きました。


水鏡あて先のない花束を両手のゆびであたためている/西藤定「夏天(Xiatian)」
歌壇 2016年2月号
#2016上半期短歌大賞 11/55

「→なんてせつない歌かと思ったね。
花束って相手あってのものだから、相手がいないとほんとにどうにもならない。
ゆびであたためるという細部に実感がある。ゆっくりしずかに花がダメになっていくのだ。「恋に恋する」ってこんな感じかなあ。」

と以前書きました。

歌壇賞から二首選びましたが、上半期は歌壇賞がひとつの山です。下半期になると短歌研究新人賞や角川短歌賞があります。新人賞作品を見ると興奮します。


しろたへのチョーク一本取り出して竹と大きく黒板に書く/本田一弘
現代短歌 2016年4月号
#2016上半期短歌大賞 12/55

「→作品時評から。「一読して「竹」でなければならぬと心より思った」とさいとうなおこさんの評。オレもそう思う。この「竹」の説得力はなんだろう。」
って以前書いてました。

ピッタリくる確信みたいなものがありながら、しかし何故これなのかがよくわからない、そういうところがとても面白いです。わからなさが好き、ということがあります。


ファンファーレ響け深紅の緞帳(どんちょう)よ開け私の初恋はいま/玉川萌
NHK短歌テキスト 2016年6月号
#2016上半期短歌大賞 13/55

→「初恋」二席。
「いかにも輝かしい。引き込まれる。初恋っていいな。なんかうらやましい。」
と、つい最近書きました。堂々と主人公として生きることができるのがまぶしいです。

オレのときはもっと、やましいような戸惑うような気持ちだった気がするなあ。噂を怖がったり、失敗を恐れたりして。


ここまでが、総合誌(+NHK短歌テキスト)部門です。
次は結社誌部門です。
第5回ぬらっと!短歌大賞、まだまだ続きます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

最新記事
リンク
月別アーカイブ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR