「塔」2016年4月号を読む  ~帽子が人を選ぶさま、ほか

「塔」2016年4月号。

少し前に、四月号と五月号を二日間で読んだ。会員じゃなくなってから読み方が変わって、気楽に目を通すようになった。一冊を二時間から二時間半で読んでいる。


青暗く揺れいる海の見えはじむ白銀(しろがね)駅過ぎ鮫という駅/吉川宏志
→いつも言うけど、地名は面白い。目の前には「青暗く揺れいる海」、駅は「白銀」から「鮫」。時間が経過して暗くなってくるとともに駅名もそうなっている。「鮫」はインパクトが大きい。


耐えかねて自ら落つる水滴の 蛇口は次の水面湛えて/永田淳
→意味ありげな一字空けだ。上の句は水滴を、下の句は蛇口の様子を描いている。
蛇口が水滴を突き放しているみたいだ。例えば、社会はつぎつぎ自殺者を生むが、自殺者を社会は見てみぬふりする、といった飛躍した読み方をしたくなる。一字空けは落ちた水滴と蛇口の距離でもあるか。


石灰の白いラインを引くこともなくひかれゆくキャリーバッグは/松村正直
→そういえば、それはあれに似ているな。校庭にラインを引く一場面が懐かしく思い出される。
ラインを「引く」のとキャリーバッグをひくのは、同じ「ひく」でもちょっと違う。


「ルンバ」の動きしばし見て立つ便利とはかくも淋しきものと思いつつ/岩切久美子
→ルンバの歌をちょくちょく見かけるところからすると、あれってけっこう普及してるんだな。一度も見たことない。

「ルンバ」と「便利」はちょっとだけ似ている言葉だ。
「見て立つ」に自分のすることのなくなった様子が見てとれる。


人が、否帽子が人を選ぶさま帽子売り場に展開しをり/岡部史
→そうか、あれは帽子が人を選んでいるのか。そうは見えなかったなあ。おもしろいものの見方だ。
そう言われてみれば帽子って、似合う/似合わないがとりわけハッキリしているかも。


秋の日に低音楽器をよこたふるごとく一生(ひとよ)を終へたり父は/河野美砂子
→オレ、高校の頃にコントラバスをやってたんすよ。演奏しているときのことを思い出すことはたまにあるけど、楽器を置く時のことはものすごく久しぶりに思い出した。ああーっ懐かしい感覚。たしか、左側にそっと寝かせるように置いていた。
「低音楽器」は微妙な言い回し。弦楽器とは限らない。


前屈を深くせんとき土にふる首より下げゐし出席カード/村上和子
→ラジオ体操を題材にした一連から。ささやかなところを丁寧にすくいとっている。


胸に耳あてれば疾しとどろきて子の胃へ落ちてゆく乳の音/澤村斉美


人にながき子供の時代「どこからでもかかつて来い」が舌につかへて/朝井さとる

→「どこからでもかかつて来い」は正義の味方が言いそうなセリフだ。かっこいいことを言いたくてこういうのを真似するんだけど、言い慣れないもんだからうまく言えないんだよね。わかるわかる。
「人にながき子供の時代」というのは、大人になってからも記憶のなかで長く子供時代の出来事が繰り返されるということだと読んだ。


府中競馬正門前行にわれ乗れば即ち到りぬ府中競馬正門前に/相原かろ
→こういうつくりの歌はけっこうありそうなんだけど、字余りしてても強引にいくところが良いと思った。「即ち到りぬ」も頑固そうで良い。

三月くらいから競馬の歌が多い気がしたんだけど、吟行でもしたのかしらと、武山さんの誌面時評を読んだ時に思いあたった。


いま消した職場のあかりもう一度点けても同じ我が職場なり/紺屋四郎



日めくりを六枚纏めてはがすとき抑ふる方に力を籠める/武山千鶴



膝が立ったまま雪かきはしてはならぬ膝を落として雪すくうべし

肩で息をするということもう久しくしていなかった今はしている/荒井直子

→雪かきの一連。
雪かきのやりかたを歌にした一首目。オレなんかは誰に教わるでもなくずっとそうやってるもんだから、言葉になっているのを新鮮に読んだ。
二首目は結句に臨場感がある。


不可思議な言い回しなり「長い目」がことに今日大切に思わる/芦田美香
→不可思議と言ったかと思うとすぐに大切に思っている、態度の違いが面白い。言い回しとしては変だが意味は大事だということだな。この「今日」に何かあったのだろう。


見て こんな所につららができている君が知らない振りをするから/鈴木晴香
→「こんな所」がどんなところかわからないが、そのへんの軒下のつららだったらそんな理由で生えてきたりはしないのだ。つららは凍っていてとがっている。そのような心の状態か。
冒頭の「見て」にしずかな迫力がある。

お年玉袋へ書かんとメモ帳に祖母が練習せしわたしの名/大坂瑞貴


めの前にたとへばきよだいめいろなら壁あらはれればいきどまりなり/小林玉兔

※兔の上の部分は「刀」
→この方のひらがなの多いスタイルはずっと変わらないなあ。目の前を「めの前」と表記すると異様だ。
オレも小さい頃に100円でお祭りの巨大迷路をやったことある。まだ昭和だったな。
人生では行き止まっても壁が見えないことなど思う。


どうにでもせよとばかりに駅伝のランナー倒れ込みて寝そべる/坂下俊郎

同じものを見ていても、自分と他の人ではほんのすこし見え方が違うときがあって、そんな違いを見た時におもしろいと思ったりする。


「オレ」の歌を試しに詠んでみたならばここち良くなる僕なのでした/西田和平
→西田さんには短歌と俳句の文芸誌「We」でお世話になっている。
呼ばれた気がしたから引いた。


耳のあるパンは食パン食卓に朝の諍い聞いておりけり/小川ちとせ
→「耳のあるパンは食パン」はなぞなぞの解答みたい。朝の諍いを聞いているのは食パンなのかと思って、いやそうではないだろうなあと思い直す。耳の無いものになりたくなるほどの声か。


来週の予告は悉く当たり、サザエさんなら愉快だろうな/吉田恭大
→サザエさんが百発百中の予言者に見えてくる。そこまで当たるなんて、まるで神のようだ。
「サザエさんは愉快だな」というエンディングテーマ曲の歌詞をもじった下の句。主体は愉快じゃなさそうだ。一寸先は闇。



石粒をだまって噛んでまた噛んで踵の減った営業の靴/福西直美



巾着を絞ったような口をして母はレシピをノートに写す/北山順子



高速道トンネルに入れば関取の動きが止まる車中のテレビ/塩見俊郎

ワンセグの電波悪くて空中に静止しゐたる駅伝走者/永山凌平

→二首とも若葉集から。一首目の関取の歌をおもしろがって丸つけたら、すぐに二首目の駅伝走者の歌が出てきてそれにも丸をつけた。
同じような歌だがどちらが良いか絞れなかった。一首目は状況が丁寧に書かれているが、二首目の空中の駅伝走者の幻想的な味わいもいい。だけど「ワンセグの電波悪くて」という入り方はどうもうまくない気がする。




終わります。五月号も読んであるので近いうちにブログにアップします。

んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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