山田航『桜前線開架宣言』を読む【2】11-20  ~過去にだれともであわないでよ、ほか

山田航「桜前線開架宣言」を読む。
2回目。11人目から。



▼11



そこにいるときすこしさみしそうなとき。
めをつむる。あまい。そこにいたとき。
/今橋愛

→たぶんこの人の歌をある程度まとまった量で、読むのは初めてだけど、個性的だなと思った。
さみしそうな顔が魅力的な人がいて、その人のことを目を閉じて思い出していて、あまいような気分にひたっている。……みたいに読んではみたが、そうして繋げることより、途切れぶりの方に味がしていそう。


過去にだれともであわないでよ
若いきすしないでよ
今 産まれてきてよ
/今橋愛

→無茶なことを三つ求めている。無茶だけど、相手の過去が気になったりそれを無くしたくなることは、わかる気がする。いわゆる独占欲、なのかなあ。まっすぐに求めることで無茶さが露出している。


かなにもかもがゆめみたいだねー
そうかゆめか

それでがてんがいった

わかった
/今橋愛
→ここは夢か、それとも夢みたいな現実なのか。みるみるさめてゆく。
空いている行がこわい。こちらには何もないように見えても、きっとここで様々なことが考え合わされて結論が導かれている。



▼12



焼けだされた兄妹みたいに渋谷まで歩く あなたの背中しか見ない/岡崎裕美子
→のっぴきならない関係が描かれている。
焼けだされた兄妹は離れずにぴったりついていることだろう。


豆腐屋が不安を売りに来りけり殴られてまた好きだと思う/岡崎裕美子
→豆腐屋のなにが不安なのだろう。ラッパやなにかの音が不安なのか。例えばオレの家のほうにくる豆腐屋は「森のくまさん」のメロディーを流しているが、それでもなんか不快で嫌いだ。
あるいは崩れやすさか。
殴るイメージが豆腐のイメージに当たり、ずぶずぶっといく。


泣きそうなわたくしのためベッドではいつもあなたが海のまねする/岡崎裕美子
→決して他人がのぞいてはいけないところを見てしまったような気持ちになる。無性にかなしく、胸が痛くなってくる。
それはオレの経験やなんかからくる痛みだが、その経験やなんかをここで言うわけにいかないしその必要もない。



▼13



ポップコーンこぼれるみたい 簡単に無理だって言う絶対に言う/兵庫ユカ



使い方だれもしらないこの星に何巡目かのジョーカーが来た/兵庫ユカ


ルールのわからないゲームに入れられてしまうことが子供のころはあったなあ。それがすすんでいくのは不安だ。そこでなんらかの災難がやってくると解決方法がわからないし、去ってもまたなにかありそうで不安だ。
そんなことを思い出した。


きっと血のように栞を垂らしてるあなたに貸したままのあの本/兵庫ユカ



▼14



いちにちの長さのなかの数秒はパチンコ台を拝む人見つ/内山晶太
→笑える光景のようだが、それを見た時間のわずかさを思うと、なんだかしんみりする。その数秒だけが自分とその人の接点なのだ。


死ののちのお花畑をほんのりと思いき社員食堂の昼/内山晶太

列車より見ゆる民家の窓、他者の食卓はいたく澄みとおりたり/内山晶太

→どの歌も同じような感想になるけど、生きるための日常が遠くはかなく感じられてしんみりとする。


山田さんが書いている、第一歌集に若書きの作品をおさめない内山さんのスタイルのことが印象にのこった。



▼15


わがために塔を、天を突く塔を、白き光の降る廃園を/黒瀬珂瀾
→オレが辞書登録した唯一の歌人、黒瀬珂瀾さん。この歌が第一印象だった。
今見てもよくわからないけど。なんかかっこいいということだけで印象に残った。


中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり/黒瀬珂瀾

サイレンの止まざる夜を川の字の棒と呼ぶには短き吾児よ/黒瀬珂瀾




▼16



解体の工事にもがき古いビルの鉄筋ぐにゃぐにゃと雨を受く/齋藤芳生
→曲がった鉄筋がもがいているようだったのだろう。解体から逃れようというのか。
下の句は七七にすると 鉄筋ぐにゃぐ/にゃと雨を受く になる。四五五か。このかたちにぐにゃぐにゃ感がありそうだ。


もしかしたらここは大きな砂時計の中かもしれず 砂にまみるる/齋藤芳生
→砂時計で砂にまみれることは、そのまま時間の流れにまみれることだな。



▼17



もう何処へ行ってもわれはわれのまま信号待ちなどしてゐるだらう/田村元


封筒に書類を詰めてかなしみを詰めないやうに封をなしたり/田村元

→気をつけていないと悲しみが封筒に入ってしまうというのか。悲しみは空気中をとんでいるのか、からだや指先から滲んでくるのか、はてさて。


湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン/田村元
→湯をかけた麺はわりとおとなしく見えるが、麺には麺の苦しみがあるのかもなあ。
「われの知らざる三分」か。それを知る日は生きてるうちには来ないんだろう。



▼18



手花火が君の背後を照らしゐしさびしき夏をわれは閉ぢけり/澤村斉美
→手花火が出てくるとオレは弱いかも。なつかしくって。
背後を照らすというのがどういう状況なのか、イメージのなかでいろいろに「君」を回してみたりした。
アルバムの写真と考えてみた。


時をわれの味方のごとく思ひゐし日々にてあさく帽子かぶりき/澤村斉美
→風がつよく吹いたら帽子が飛んでいってしまうだろう。おだやかな気候なのだ。そのような時を過ごしていたんだと読んだ。


釣り銭を拾はむとする人のかほに自販機の灯はとどかざりけり/澤村斉美
→短歌をやってるような人なら「とどかざりけり」で思い出す有名な一首がある。子規は寝ながら藤を見たというが、自販機をどこから見ているのだろう。
飲み物を買うときに顔の消える瞬間をとらえた。



▼19



自転車の灯りをとほく見てをればあかり弱まる場所はさかみち/光森裕樹
→これも灯りを見ている歌。灯りがとどかなくなることはそれを見る心を動かすのだろうな。
「あかり弱まる場所はさかみち」の語順に妙がある。坂がどうというより先に灯りがある。


ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス/光森裕樹
→高いところから見ている。偶然信号待ちをしている人たちが、神々がその意志で並べた駒だった。すぐに横断する人々が、神にはどう見えているのか。


人の繰(く)るマウスカーソルを目に追ふに似てさびしかり紙飛行機は/光森裕樹



▼20



スプライトで冷やす首筋 好きな子はゐないゐないと言ひ張りながら/石川美南


グランドピアノの下に隠れし思ひ出を持つ者は目の光でわかる/石川美南

→子供のころのいろんな思い出がその人をかたちづくっているんだろうな。
グランドピアノの下にいる子にだけ与えられる光があると考えると、魔法みたいでいいなと思う。


霊長類最後の夕べ沸騰する空を見てゐる老婆の話/石川美南



これで半分。つづく。






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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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