穂村弘『短歌ください 君の抜け殻篇』を読む  ~欠席のはずの佐藤が、ほか

穂村弘『短歌ください 君の脱け殻篇』
人気シリーズの三冊目ということになります。



2歳2ヶ月の娘に命じられ快晴の日に長靴を履く/トヨタエリ

なんかわかんないけど、オレの四歳か五歳くらいのころの写真に、晴れてるのに長靴を履いておばけみたいに手をたらしてる写真があるんだよ。なんだろうなあ。
子供の考えることのわけわからなさはいつも新鮮。


車椅子の女の靴の純白をエレベーターが開くまで見る/木下龍也
→ってことは、エレベーターは閉じていたんだ。エレベーターはせまい密室だ。逃げ場のない空間で、車椅子の女性で、凝視している。あぶない。白を「純白」としたことで、逆にあぶなさが増幅している。


みえないのすきもきらいもぼうりょくも排水溝がどこにあるかも/レイミ
→どこにあるかは見えないが、どこかにあって、吸い込まれていくんだろうなあ。あるいは、あるべき排水溝がなくて、いろんな感情が溜まっていくんだろうか。


ゲタの音を響かせ彼に駆け寄ったまるで別れてないかのように/みつこ

豪雨なら仕方ないよねあのひとの子どもと海に行ったとしても/藤本玲未

いらっしゃいません0円になりますありがとうございません来て/入退院千

→世の中がバグっちゃったみたいで、怖くて面白い。ファミコンカセットの差し込み方のずれで画面がおもいきり変なことになって、変なままゲームができてしまう、アレみたいだ。それはこの歌に限らず、この本の多くの歌に言えるかもしれないけど。
そういう意味では、その前の歌の「ゲタ」や「豪雨」も世界の差し込み方をずらしてバグを発生させる装置なのかもしれない。


足のひとさし指にある感覚は手の中指のそれと似ている/大学4年
→いつになく長い作者コメントがある。その内容もすごい。


欠席のはずの佐藤が校庭を横切っている何か背負って/木下龍也
→こういうこと、あったなあと思う。思うけど、幻みたいな光景だとも思う。
「何か」は気になるね。カバンじゃないみたいだし。「佐藤」という名前がはっきりしてるけど、具体的なようで、どこにでもある名字で、なんの情報も含まれていない。名前があるのに匿名的なのだ。
校庭を横切るのも変なルートだよねえ。学校にもよるかもしれないが、普通に登下校するなら校庭を横切ったりするかなあ。
佐藤はどこから来てどこへゆくのか。ほんとに佐藤なのかも不安になってくる。影を背負った幽霊的なものじゃないのか。
音の面でいえば三つの「っ」が三つの「ー」を取り囲んでいる。けっせき、さとー、こーてー、よこぎって、せおって。それがどうってことはないけど、繰り返し見ているとそういうところにも意味があるように思えてくる。




マンホールにひとりひとつのぬいぐるみ置いてこの星だいすきだった/藤本玲未


やわらかいティッシュは甘い 死神が君を見つけた日は晴れていた/百瀬灯


「絶対」と名付けた犬に行き先を決めてもらってやっと進める/黒夜行

→そう名付けたことで犬の判断が「絶対」になったんだな。


呼び捨ててほしいと言えば黙り込む君と今夜はサーカスを見る/鈴木晴香


これでもう乗り過ごしても大丈夫どこで降りても同じ駅名/実山咲千花

→「これでもう」の前は違う駅名だったんだろう。いったいどんな空間に入り込んでしまったのか。こわいなあ。


臨月を迎えた姉のその腹を触ってみたい30駅先/中山雪
→電車というと、こういう歌も印象にのこった。臨月ということはもう間近なわけだが、30駅先というのはだいぶ先のことだ。時間がぐにゃぐにゃする。
30駅先にある街に臨月の姉が住んでいてそこに向かっているのかと思ったが、「その腹」という表現は、近くに姉がいる、なんなら同じ電車に乗っているかのような近さがある。


老人を体験できるコーナーで老人が老人の体験をしている/田中りょう
→この老人は自分が老人だとわかってないほどなのかもしれないなあ。

仙台科学館に行ったときに、震災の体験ができる「ぐらり君」とかいう機械があって、けっこう家族がはしゃいで乗ってたのを思い出した。


薄暗い九割マスクの電車内〈#いますこしゆれた〉のタグばかりもつ/柳本々々
→ハッシュタグをつかった歌なのでツイッターで引いてみた。それをここではブログにまとめている。
ハッシュタグの歌といえば、岡野さんの走馬灯の歌も「短歌ください」だったな。

#あと二時間後には世界消えるし走馬灯晒そうぜ/岡野大嗣

岡野さんのハッシュタグの「晒そうぜ」の連帯感開放感にひきかえ、柳本さんのハッシュタグは「薄暗い」「九割マスク」の陰湿さがある。
同じ電車内の「いますこしゆれた」は、ツイートするほどのものでもなく、おのおのが心のなかで感じているんだろう。
開放感とか書いてしまったが、岡野さんのユーザーたちは世界の消滅を目の前にして盛り上がっているわけだ。マスクの人達にはまだまだずっとこの日常が続いていきそうだ。


「SAKE AND TEARS AND MAN AND WOMAN」歌うEIGO KAWASHIMA/関根裕治
→ピタリとはまってすごいなと思うけど、「SAKE」は突っ込みどころなんだろうな。この酒は英語に置き換えられない種類の酒なのか。
「英五」が「英語」とかさなる。


六ばかりすごい確率で出るのですサイコロだって恋するのです/シャカシャカ
→サイコロは何に恋したんだろう。すごろくのコマ? 一以外も赤くなってるんじゃないの。
オレだけそのサイコロ使って有利にゲームしたい。


うつ伏せた鏡は床の傷跡を一晩中映しているだろう/鈴木晴香
→なんだか痛ましい気持ちになる。一晩中悲しんでいる人みたいだ。うつ伏せとか仰向けは、よく生き物に使われる表現で、鏡が生き物のようだ。


お腹すいてもいないのに開けちゃった 真昼に正座でポッキーを食う/蜜子
→かわいらしいようだけど、やっぱりこれは穂村さんの選ぶ短歌で、行動が変だ。
かわった行動をかわった姿勢が受けている。


世界など放っておいてモモレンジャーを奪い合う最終回を見る/鈴木晴香
→日曜の朝の戦隊ものが、平日の昼ドラみたいな展開になってしまった。
五人のヒーロー場合、昔は男4女1だったけど、その後は男3女2になったんじゃなかったっけ。三人の場合は男2女1の文字通りの三角関係だ。
このあと放送されるであろう仮面ライダーの最終回も心配だ。


引き潮の渚で拾ってしまったのあなたの部屋の窓の破片を/鈴木美紀子


アリの巣をつつき回して夕焼けが背中に痛い、いたいよ だれか/えむ

→夕焼けが背中に痛いのはわかるが、「だれか」とたすけを求めるほどに痛いのは尋常ではない。ここには助けてくれるのは誰もいないようだ。

以上。
いやーいつもおもしろい。びっくりするような、ドキドキするような短歌がたくさんあった。ほかではなかなかこんなドキドキは味わえないし、貴重なシリーズだ。







オレの短歌もこの本には五首収録されている。
47.49.137.176.197ページ。
だいたい年に一回くらいの採用なので、載るたびにオレの年齢が増えている。あらやだ。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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