「塔」2016年3月号を読む  ~横になるだけでもちがうよ、ほか

「塔」2016年3月号。



頸の痛みは頸を捻(ひね)りてなほすといふ医術の術をいまに喜ぶ/永田和宏



ワイヤーのきしみたる真夜、上層の階でだれかがエレベーター呼ぶ/田村龍平

→ワイヤーのきしみを通して見えない他者を感じている。怖さがあるのは時刻のせいだろう。


しろき花水面に見えて悪よりも悪意は丈のながい水草/朝井さとる
→比喩の効果により、悪や悪意が目に見えるかたちになってあらわれている。悪と悪意のちがいのとらえかたが興味深い。


我に人を傷つける力あることの寒さこの腕に迫りくるなり/小川和恵


カバーにてわがマンションは覆われてカバーを透かして一部屋灯る/北辻千展

→カバーがあることで、いつもと変わらない生活の灯りが違って見える。なかの生活も変わったように見えたのではないかと想像してみる。


何が何だかわからぬ程に潰されてなお人参と知れるかなしさ/三浦こうこ
→見た目ではそれとわからないくらいになったものが、食べて食感や味でそれとわかったんだろうか。そこに「かなしさ」を見る感受性。



実演販売の人にどこかと尋ねても実演販売の人は知らない

冬キャベツを並べゐる人に尋ねるとキャベツ手にしばし沈黙をせり/久保茂樹

→いま店には春キャベツが出てきているので、そこにまず季節を感じた。
ここだけだとよくわからないが、次の歌を見ると一応の場所はわかったようにも見える。でも全体的にはどういう筋なのかよくわからなかった。
次々に人が謎に包まれてゆくのがおもしろい2首だった。


暗がりの向こうに光る街灯のイエスの首のような傾き/関野裕之
→イエスは絵画に何度も描かれていて、首のかたむいたものもある。どのイエスなのかはわからないが、なんとなくイメージされるイエスの首の傾き加減というのがあるように思う。
街灯に慈悲や神々しさを見ているのか。


道草の途中で見つけたような芽があったと おとうとの腎臓のなか/本間温子
→小学生あたりのころを懐かしく回想しているのかと思いきや、最後で病に転じる。衝撃があった。



字余りの多い私はまたしても原稿用紙のマスをはみ出す/荒井直子
→塔には、結社誌にくっついている塔短歌会の詠草専用の原稿用紙がある。それが一行31マスで、それをはみ出すととても書きづらいことになってしまう。31音でも「きゃ」等の字は2マス使ってしまうから注意が必要だ。
塔の用紙を知っていることが前提の歌だ。

会員にはあるあるの歌かもしれないが、辞めたオレからすると、こうしたことから郷愁にかられる。
文学館で塔を読むんだけど、それは会員用の塔ではないから詠草提出の用紙もついてないし、ピンクのページも無いのだ。あのピンクのページが面白いんだがなあ。

「未来」にこういう事はないんですよ。未来は20マス×10行の200字の紙を使う。200字用紙に5首、それを2枚書くようになっている。1首書くのに2行40マス使える。
余裕がある。字余りが多い人でも原稿用紙のマスをはみ出すことはない。



円周率の数列のごと限りなく連なりもちて猜疑心とは/川田一路
→つまり限りなく、どこまでいっても割りきれない終わらない猜疑心だ。

いまちょうど「愛と数学の短歌コンテスト」っていうのがツイッターで行われてるんだけど、これは数学ではあっても愛ではない歌だ。「憎しみと数学の短歌コンテスト」みたいなのがあったらオレは興味持つと思う。数学も苦手だけど、それが「愛」と結びつけられることも苦手かも。



ここから作品2。

コンセントが座敷にありぬ呑む前のしよざいなき眼はそこにとどまる/篠野京
→興味がなくても目がなんとなくそこにいってしまう、そういうことはあるものだ。
コンセントの穴はちょうど目のように二つ空いているなとか、さまざまな用途があるから想像が広げやすいなとか、考えた。


スポンジのかすかに湿っているような秋の闇夜は窓を圧する/千種創一
→湿りであったり、圧であったり、そうした感覚によって秋の闇夜があらわされている。視覚や聴覚とはちがった迫り方をしてくる。


へこみたる車は裂けるスカートを穿くに似たればすぐに修理す/小川玲
→車がへこんで修理するというわけだが、裂けたスカートを経由しているのが面白い。
自分にわかるものを通してわからないことを理解してゆく。そうしたことは無意識に行われているのかもしれないが、このようにはっきりさせると奇妙なおもしろさがある。


空壜に挿した野菊の置くところ定まらぬまま卓の上に在り/相澤豊子
→野菊を、あっちに置いてもこっちに置いても、なにかの邪魔になったりしっくりこなかったりするのだろうと想像する。野菊があてどなくさまよっているようで、かすかな哀しみがある。


玄関の妻の長靴(ブーツ)の横倒れいつもの冬のかたちとなりぬ/北島邦夫
→立っている状態ではなく、倒れた状態に「いつもの冬のかたち」を見ているところがポイントなのだろう。


何となく始まり何となく終わる眼科待合のNHKドラマ/杉山太郎
→待ち合い室のテレビはNHKが多い。画面に刺激が少ないから、あるいは朝ドラならば放送時間が短いから、「何となく」終わってしまうのかもしれない。
「眼科」ということもちゃんと見れていない一因か。


横になるだけでもちがうよ いつよりか子に言われおりわが口癖は/永田聖子
→この歌の前に子を看病する歌がある。病気をいたわりあう家族の様子が、平凡なようで、どうも心に染みてくる。


乗るひとも降りるひともなき右側のドア開きたり 雨の匂い来/福西直美


これくらい大きかったと広げたる手をだんだんとすぼめるあなた/村松建彦

→題詠四季「広」。
驚きを伝えようとしたが、時間を経て冷静になってきたのか。こういうことはある。
何が大きかったのかわからないのもまたよい。


コンビニは歌稿のコピーに便利なり沖縄黒飴買うこともあり/山本建男
→あまりにも唐突な「沖縄黒飴」が素晴らしい。見れば見るほどなんの関係もない。


「おい鬼太郎」「何だい父さん」一つだけ私の出来る物真似があり/小山美保子
→これの前にカラーテレビの出始めのころの歌があって、それがこの歌を良くしている。
「何だい父さん」のほうをやってるんならウケるけど、「おい鬼太郎」の方だろうなあ。
父と子の親しい会話もまた懐かしいものと言えるか。


たからくじいちおくあたつたふりそして誰にもいはぬふりしてはしる/小林玉兔
兔は上が「刀」になっているほうの字。

→やってる本人には意味がわかっていても、他人が見たら、意味のわからないおかしな様子の走りに見えそうだ。



辻井さんの方舟があるとホームページの目次で見て「来るか……!」と思ったが、思っていたのとは違う件だった。
自分の言いたいことだけ言って塔から去ってしまったのを、オレはこれでも気にしているのよ。


ファミコンのカセットほどに軽くなり猫よこのまま死んでゆくのか/山上秋恵『オレンジの墓標』



全体的に思ったのは、競馬の歌が多いこと。こんなに多かったっけ。馬もいいけど、大金を得たり失ったりした歌も読みたいなあ。

あとは、佐藤陽介さんを詠み込んだ歌が2首あった。たまに、ほかの会員の名前をいれた歌は出てくるんだけど、同じ号に2首はなかなかないよ。人気あるなあ。



おわります。







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んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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