わたしの好きな短歌100・2016年版【1】1~30 《もしかしたら選んでいた歌》付き

オレが2013年にまとめた「わたしの好きな短歌100」が、わりと好評をいただいていたんだけど、今見ると「これは入れなくてもいいなあ」という歌が多いことが気になり2016年版を作った。


学校の短歌の授業のプリントでオレの「#わたしの好きな短歌100」が使われてた!? : ▼存在しない何かへの憧れ http://t.co/1vFDWijhsU
こんなこともあった。



好きだったけど何度も見過ぎてあんまり好きじゃなくなってしまった、かわいそうな歌もある。
短歌は日々たくさん発表されている。変わらない方がおかしい。
検討した結果、三分の一くらい入れ替わる。三分の二は残る。

前回2013年に選らんだときは「どうだ珍しいだろう」「どうだ衝撃的だろう」みたいな気持ちで選んだ歌もあったと記憶している。作り直したくなった一因だ。
今回は、その歌がほんとに好きなのかを考えた。

以下、歌にコメントしたり《前回の歌》《もしかしたら選んでいた歌》をはさみながら紹介する。

▼歌だけ見たい方はこちら。
【2013年版】 http://t.co/bQ97LV4YWA
【2016年版】 https://t.co/gmubYuY1jN




〈1〉
「お母さんに会ひたい」と泣く真夜中の母を泣きやむまでさすりをる/安立スハル
→前回の2013年版にも入ってた歌。
オレは母の出てくる歌に弱い。今回特にそれを思った。


〈2〉
ちょっとした落語家みたいなおじさんに頼ろうとするほどに弱った/飯田和馬
→これも変わらず好き。おじさんに頼る側として読んでたけど、気がついてみたら、オレも日曜の昼からツイッターに連投しているよくわからないおじさんになっていた。
オレも人を選ばず助けを求めたことがあった。ちゃんと救われないままおじさんになってしまった気がする。

親子とかあるいは教師と生徒がでてくる場合、子や生徒の側に立って見るか、親や教師の側に立って見るか、という見方がある。
年をとってもあまり人に頼られたりはしないあやしげな中年男性を、自分に重ねてみる。


〈3〉
花びらを涙と呼べば花びらはあとからあとから流れるばかり/飯田彩乃
→前回2013年版では風船の歌を選んだ。今回はちがう歌にした。若い作者の場合は変わることもある。
悲しみとともに流れ出る花びら、それとも、花からはらはらと舞い落ちる涙。

《前回の歌》
風船を見上げるようなお別れをしました(やくめは終わったのです)/飯田彩乃


〈4〉
たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔/飯田有子
→前回も入っていた歌。
妖怪みたいなあだ名みたいな「枝毛姉さん」が強力だ。
それに引っ張られずに読むと、夜に布団から出られないまま不安か悪夢かに苦しむ様子がありありとあらわれる。
毛布のタグも顔もすごく近い。視野がきわめて狭い状態で、そこからも苦しみがうかがえる。


〈5〉
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心
/石川啄木

→これはオレにとっては一生大事にしていくだろうなあという歌。高校生で悩んでいたころに国語の先生から聞いた歌。


〈6〉
何(なん)となく、
自分を嘘のかたまりの如(ごと)く思ひて、
目をばつぶれる。
/石川啄木

→啄木は好きな歌が多くて、何を入れてもいいくらい。前回3首だったが今回は2首に減らした。

《前回の歌》
何となく、
案外に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。
/石川啄木

三人恋ひ右と左に抱けどものこる一人は抱くすべなし/石川啄木



〈7〉
こんな事を言いたいのではない言い終えてどこにも座りたくなき身体/宇梶晶子
→前回に引き続き。「塔」から。


〈8〉
不思議MANブラザーズバンド現れて信じることが不思議だと言う/牛隆佑
→前回は刺青の歌だったけど、変えた。その歌を使ったネットのコラムを読んだのも少し影響している。別にそれが良くなかったとかではないんだけど。
うまいこと言った笑いの歌のようだが、もっと奥を読みたくなる。
ヒットソングは簡単に日常に入り込む。そこで不信を植えつけられると思うと恐ろしい。ある日ひとつのバンドが日本中を疑問に陥れるかもしれない。

《前回の歌》
首筋にある刺青は護身符で君は穢れてなんかいません/牛隆佑



〈9〉
だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし/宇都宮敦

〈10〉
いつまでもおぼえていよう 君にゆで玉子の殻をむいてもらった/宇都宮敦

枡野浩一「ショートソング」から。
短歌を知ったばかりのころに読んだものは印象の深い本が多い。その意味では、どこから入門したかは後々まで響いてくる。


〈10〉
ローソンでならべられてるものだけで作った原爆あんたにあげる/梅本直志
→枡野浩一「かんたん短歌の作り方」から。
原爆なのに簡単な材料で作れちゃうし、無造作に渡されてしまう。悪意なのか善意なのか、動機もよくわからない「あんたにあげる」。
なんでもないところからいきなり原爆を持つ者にされてしまう異様さ。


〈12〉
歳月のさびしい頬を照らそうと秋の手花火揺らしていたり/大森静佳
→大森さんは今回初めて入れた。大森さんにはもっとすごい歌はいくらでもありそうで、ほんとにこれでよかったのか、いまだ迷いがある。

《もしかしたら選んでいた歌》
生には貌がないのだけれど死にはある気がして蜜柑におやゆび挿れる/大森静佳

夜半覚めて蛇口に唇をすすぎおり生まれないとはいかなる暗さ/大森静佳



〈13〉
地獄ではフードコートの呼び出しのブザーがずっと鳴ってるらしい/岡野大嗣
→フードコートでブザーを持たされるたびにこれを思い出すようになってしまった。地獄への切符を手にしたような気分になる。
食べられそうなのに食べられない、常に食べ物を思い出すことを強いられている、そういう飢えだ。


〈14〉
じいさんがゆっくり逃げるばあさんをゆっくりとゆっくりと追いかける/岡野大嗣
→この方の短歌は57577ぴったりの歌が多く、このようにはみだす歌は多くない。これはゆっくりとした二人の動きをあらわしているのか。
自分なりの力でじいさんから逃げるばあさんには、逃げたい事情があるのだろう。コミカルなようで、悲しい歌だと思う。
と思ったけど、よく見たら一字しか余ってないのか。すごく余ってるような気がした。


〈15〉
別れずにすむ術どこかにあるような光のそそぐ道にて待てり/岡本幸緒
→「塔」の方。少し前に「キムタクがタイムリープして~」みたいなのが流行ったけど、別れを避けられる気にさせるような、現実の方向を曲げることができそうな光だったのだろう。
待っているということは、これからまさに別れるのだな。


〈16〉
おかあさんに泣きながら「おかあさんわたし、わたしを忘れたい」と言ったときのわたしはどちらかというとおかあさんだった/加賀田優子
→この「わたしの好きな短歌100」は2013年につくったものが今のオレの気持ちに合わないから作り直した。
その間に少しの月日が経った。2013年と今の短歌でちがうことがあるとすれば、「なんたる星」以前/以後ということだ。


〈17〉
1001二人のふ10る0010い恐怖をかた101100り0/加藤治郎

〈18〉
消しゴムの角が尖っていることの気持ちがよくてきさまから死ね/加藤治郎
→治郎さんの2首は前回と同じ歌。
前に書いたことを今の言葉でまた書くと、消しゴムっていうのは使えば使うほどカドが丸くなるものだ。カドがとがっているのは、ろくに使っていないからだ。ろくに世の中に揉まれていない者が、そのこと自体に得意になっている。
消しゴムはまた、誰かのやろうとすることを無にしようとする者、足を引っ張る者の意味でもあろう。
自分が誰もを抹殺しうるかのように「きさまから死ね」などと言葉ばかりが強い。匿名掲示板が思い出される。
それでもこの一首から快感を受けてしまうオレがいるのだ。


〈19〉
泣きそうになるのは誰のせいでもなく時おり強い風が吹くから/加藤千恵
→前回も入れた歌。
好きな歌人だけど、一首選ぼうとすると難しい。

《もしかしたら選んでいた歌》
まっピンクのカバンを持って走ってる楽しい方があたしの道だ/加藤千恵

幸せにならなきゃだめだ誰一人残すことなく省くことなく/加藤千恵



〈20〉
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり/河野裕子

〈21〉
青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり/河野裕子

〈22〉
死なないでとわが膝に来てきみは泣くきみがその頸子供のやうに/河野裕子
→一人の歌人で三首まで、と縛りを入れているが、上限の三首になった歌人は今回三人だった。
好きな歌人だけど一首選ぼうとすると出てこない歌人もいる。そこまででもないのに二首も三首も外せない歌のある歌人もいて、河野さんはそういう歌人。


〈23〉
君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ/北原白秋

〈24〉
病める児はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(ばた)の黄なる月の出/北原白秋
→白秋は2013年のときと同じ二首を入れた。どちらも有名な歌。
なんだかんだで、はじめのころに覚えた歌をいつまでも好きだったりする。それだと平凡でつまらんと思ってずらしたくなることもある。自分に嘘をついた感じがしなければ、ずらした歌でいくこともある。

《もしかしたら選んでいた歌》
時計の針IとIとに来るときするどく君をおもひつめにき/北原白秋



〈25〉
電話からざんざんと草の音がする母さんは今どこにいるのか/北山あさひ
→すごい歌が多くて迷った。
似た経験をしたことがある、という理由でこの歌にした。

《もしかしたら選んでいた歌》
夏雲のあわいをユー・エフ・オーは行くきらめいて行く母離婚せり/北山あさひ

美しい田舎 どんどんブスになる私 墓石屋の望遠鏡/北山あさひ



〈26〉
飛び降りて死ねない鳥があの窓と決めて速度を上げてゆく午後/木下龍也
→2013年の時には、飛び上がり自殺の歌を選んだけど、今回は別の歌に変えた。
「するだろう」という想定と、今まさに死のうとしているところ。後者をとる。

《前回の歌》
飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば/木下龍也


〈27〉
一人きりサーティーワンの横で泣き ふるさとにする吉祥寺駅/木村比呂

〈28〉
花中葬 今は悲しいまま進み いつか追い抜くつもりの二十歳/木村比呂
→宇都宮さんのところで書いたのと同じ選出理由。
花中葬。何を葬ったかはわからないが、きっと大切なものだろう。悲しみから立ち直り前進する力。


〈29〉
口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも/葛原妙子
→前回と同じ歌にした。この作者ならばもっといい歌がありそうだから探し、黒峠の歌とかも検討したけど、ここに戻ってきた。

《もしかしたら選んでいた歌》
黒峠とふ峠ありにし あるひは日本の地図にはあらぬ  葛原妙子


〈30〉
昼なのになぜ暗いかと電話あり深夜の街をさまよふ母より/栗木京子
→栗木さんも秀歌が多い。前回と別の歌にした。認知症といえばいいのか、そのへんを扱った短歌ではもっとも印象的。

《前回の歌》
演奏会終はりて小雨ヴァイオリン弾きゐし人のこゑを知りたし/栗木京子


つづく。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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