「うたつかい」2016冬号を読む  ~どこかで広がるオーロラがある、ほか

うたつかい2016冬号(第25号)。


「野生では四、五十年が、飼育下では三十年が彼らの寿命」/秋山生糸「ぱんだらんど」
→この歌だけ「パンダ」と書かれてないが、「彼ら」がパンダなのは明白だ。「彼ら」と呼ぶと、パンダと人間が対等になる。
飼育することは十、二十年のパンダの命を奪うことを意味していると、初めて知った。
「飼育下」は耳慣れない言葉だ。考えるほど「飼育」という行為にもひっかかりをおぼえた。


こころにはちひさな湾の入り組んでくぢらの鳴けば潮位の変はる/太田宣子「ZOO」
→心のなかに景色があるような歌はいくつか見ていて、丸もつけてきたので意識して読んでいる。
一筋縄ではいかない心をよく表現している。
鯨とはなんだろう。オレは一種の感情、衝動、気まぐれといったものなんじゃないかと考えた。

(このまえテレビでロンドンハーツを見ていたら、水族館で飼い慣らされた小型のクジラが、人の合図でジャンプして客席に思いっきり水しぶきを飛ばしていた。
そんなふうに、わざと波風を立てて人に迷惑をかけるような心の在り方もあるなあと、オレは自分に対して思うのだった。)


友人の家の静けさ友人がトイレに立って戻る前まで/荻森美帆「友人と午後」
→けっこうどの歌も日常をうまくすくいとっていておもしろかった。
一人になったからって勝手にあちこち見て回れないし、じっとしていなきゃいけないんだよな。


その人の思い出だけで毒蜂の群れに三十二時間耐えろ/空日一「普通」
→「三十二時間」がおもしろい数字だ。区切りがいいようで、あんまりよくない。
過酷だ。なんの罰ゲームだろう。


あかときの薄雲ほどけ片恋は麻薬ってより麻酔だろうな/西藤定「剃る」
→下の句で口調が変わるが、これは「ほどけ」に対応しているんだろう。「あかとき」と「片恋」も寄せてあるのかな。
片恋で感じなくなる痛みとはなんだろう。
麻薬と麻酔、毒蜂に三十二時間耐えられるのはどっちだろう(まだ気になる)。


善男であるかどうかは心許ないけれど用を足してふるえる/たた「力一杯」
→うん。それとこれを結びつけたのは新鮮だなあ。震えるほうが少しいい人っぽい?


もう誰も信じられなくなった夜もどこかで広がるオーロラがある/ニキタ・フユ「夜の約束」
→そうか、オーロラってそういうものかもしれないなと思いました。つまり、誰も信じられなくなることとの対にあるようなもの。オーロラがこの人に届いてほしい。


道場に行ってきまーすだけじゃあれだからか押忍のスタンプもくる/はだし「おわってるハウス」
→ラインをやってるんですかね。オレはやらないんでよくわからないんですけど。スタンプをメールの絵文字のようなものだろうと理解しました。
「あれだから」っていう微妙な感覚を、とても多くの人が持っていてスタンプがそれを埋める。時には逆効果で、別の「あれ」な感じになってしまう。


理解からもつとも遠い形して西洋梨の剥かれてゐたり/濱松哲朗「やさしい声」
→西洋梨の剥かれる様子はなんとなくイメージできます。そこから「理解」の形を想像させるのが面白いです。皮を剥いて内部を露出させることが「理解」ではないと。それとも、剥きかたによってはそれは「理解」に近くなるのでしょうか?? ううむ。


予報では明日の夜から初雪が鍵のふるへのやうに降り出す/濱松哲朗「やさしい声」
→まだ見ていない初雪の様子が「鍵のふるへのやうに」と比喩をもって語られます。
この鍵はなぜ震えているのでしょう。寒い外から部屋に入ろうとして取り出した鍵なのでしょうか。それとも、秘密の箱かなにかを開けようとしている鍵なのでしょうか。想像がふくらみます。
オレは完全に「カギ」だと思って読んだんだけど、そうじゃない読みもあるかもしれない。そんなような指摘をいただいた。


ただならぬ気配があると思ったら野菜室いっぱいに目薬/むぎたうろす「ルリタテハ」
→それはただならぬ状態です。仕舞う場所もおかしいし、量もおかしいです。
気配でわかるものなんですかね。野菜室がやばそうだと。

穂村さんの卵置き場の涙の歌を思い出しました。

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は/穂村弘



テーマ詠「匂い」からは無いです。オレは「匂い」が苦手みたいです。
鼻が悪いんじゃないかと親に言われたことがあります。自分では嗅げているつもりです。







牛さんの「短歌なう」を読んでからネットプリントについてはけっこう考えました。
オレはどちらかというとネットプリントに後ろ向きなことを書いてきたと思うんですが、本だったら買うような内容のものならば出していますし、要は内容なのでしょう。

ネプリだから歓迎するとか逆にネプリだから嫌がるとかそういうことはないんですね。ただ、欲しくなるようなものが出ないからあんまり出さないだけで。



ネットプリントは【手軽に】【無料で】って書いてありますが、別に手軽でも無料でもないというのがオレの実感です。

Amazonで手続きするのや、本屋で棚から本を抜いてレジにもっていき会計するのに比べて、コンビニのコピー機でスマホ見ながら番号を打ち込むのがそんなに手軽でしょうか。
コンビニだから手軽、というのも少し違うんですよね。地域によっては近くにないこともありますからね。

数十円でも印刷にかかるのであれば無料ではないです。無料とは0円のことです。交通費だろうとなんだろうと、お金がかかれば無料とは言えません。嘘はいけません。
オレは100円のコンテンツを販売したりしていますが、ほとんど売れません。無料なら読まれるのに。それくらい100円は高い壁なのです。

ですが、ネットプリントを出すのは慣れれば特別面倒でもないし高くもないからことさらに文句を言うほどではないです。内容量に対して、普通です。



「その作品を読みたい人だけにその作品を届ける」というのも大事なんだなと思いました。
オレは通りすがりや偶然見てくれる人がいることに面白さを感じる度合いが高かったようです。だから「閉じてるなあ」という感想しかなかったのですが、まあ必ずしもそれはマイナスではないのかなとも思いました。



以上です。んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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