「短歌研究」2016年2月号を読む  ~一発ギャグがあれば良いのだ、ほか

短歌研究2016年2月号

一ヶ月が早い。週に一回のペースで短歌研究をまとめているかのような体感だ。



万華鏡ぱりんと割れつ魔術より解かれ散らばる色紙(いろがみ)の屑/石川路子「いい猫ゐたね」
→うんうん。万華鏡のなかは色紙のくずだと知っていたって、やはり魔術のようにきれいに見える。紙くずだとすれば、魔術のかかった紙くずだ。割れたと同時に魔術がとけてしまった。


月の夜に自転車こげばわづかなる凹凸もわが身につたはり来(く)/外塚喬「純黄の花」
→月にはクレーターがあったりして、どうやらでこぼこした星らしいと聞く。月面を走っているような凹凸の感覚は、夜空の月のしわざなのか。


ああパリにたどりつきたる難民(ひとびと)の英語に英語字幕付きをり/大松達知「ぼんぼりさま」
→英語に英語字幕がつく。きっと聞き取りづらい英語なのだ。同じ言語をしゃべっていても、直接は通じないことを字幕は示している。
「難民」に「ひとびと」とルビをふるのも、日本語を日本語が説明しているわけで、それと重なっているのか。



君に会いたい君に会いたい 雪の道 聖書はいくらぐらいだろうか/永井祐「日本の中でたのしく暮らす」
という歌に内山晶太さんが
「一瞬で視野におさまる短歌という詩型に三つの瞬間を入れたとき、三つの瞬間は、一瞬となって重なりあう。脈絡のない各瞬間が、「一瞬」として脈絡を持ったとき、それは何かしらのバグのように見える」
と書いておられて、なるほどと思った。
(オレのなかの理解では、正面を向きながら横顔も見えるピカソの絵みたいなイメージなんだけど、これが「なるほど」と言っていい理解の程度なのかは自信がない)

オレなんかどうしても脈絡と順番をつけてしまうんだよね。君に会いたいと思いながら雪の道を歩いていて、ふと聖書のことが思われてきたと。
でも「三つの瞬間は、一瞬となって重なりあう」のほうがおもしろいなあと。

「君に会いたい」と二回くりかえすくらいの会いたさだから、そこに聖書のことは入ってこれないんじゃないか。と考えると、ひとつづきの時間ではなくて異なる三つの瞬間と考えたほうがいいのかなと。

「いくらぐらいだろうか」は、単純に値段を知りたくなったように読めるし、じっさいに聖書を買って読みたいというふうにも読める。

三つは全然脈絡ないんじゃなくて、ちょっとずつ重なっているようにも思えてきたりした。
「君に会いたい」のくりかえしは雪道を右足左足右足左足とふみしめて歩く感覚のようだし、「雪の道」は聖書の純潔な信仰の道のイメージとかさなる。「いくらぐらい」と価格のイメージになって聖なる白さが反転する。

永井さんの歌を見てるといろいろ言いたくなって、でもそれらはみんなこじつけのような気がして引っ込めたくなったりということが起こる。でも言いたさが勝ってオレはいろいろ言うのだ。



洗濯の裏返された靴下に毛むくじゃらなるハートの刺繍/工藤玲音「氷柱」
→見たままを言いながら、人間の内面を暗示する。
ハートが足の辺りにあるというのも思えば妙な話だ。


君の見る走馬燈の中にわたくしの一発ギャグがあれば良いのだ/川島結佳子「あれば良いのだ」
→一発ギャグをもっている女性、しかも一人称が「わたくし」はなかなかいないだろうね。走馬燈に出てきそうだ。走馬燈ねらいのギャグなんだろうか。
走馬燈ねらい、つまり、見せたその場でウケるんじゃなくて、死ぬ直前に思い出すようなギャグ。

オレが高校生のころにタカシマ君という人がいて、こいつはギャグがすべると
「いいんだ、これからみんなが家に帰って風呂に入って今日あった出来事を思い出しているときにおれのギャグを思い出して、そのときにクスッて笑ってくれればいいんだ」
と言う。時間差の笑いだから今ウケなくていいんだと。みんなの入浴中に一発ギャグがあれば良いのだと。



太陽が沈んだあとの人間の人間の暖められたがり/谷川由里子「花とドラムロール」
→人間が二回出てくる。二回でてくると人間であることのかなしさや小ささが強調されるように思うがどうか。
「太陽が沈んだあとの人間」と「暖められたがり」の人間は別のものなのかなあ。
ちょっとおもしろい句またがり。


小さくてしかも去年の画像とかだけれどヒットした梅まつり/土岐友浩「コンタクトレンズ」




浅野梨郷という歌人にかんする大辻隆弘さんの講演の記録があり、これがとても面白い。これ良かった。アララギのなかの対立や人間関係など。



50mサランラップが唐突にをはりを迎へ心棒のこる/小池光『思川の岸辺』



このままじゃ男がひとり余るから、全員一致でさよなら山田。/結城ゆき

→短歌研究詠草。五首すべてが「さよなら山田。」でおわる一連。こういうのをこのページでは見たことがない!

短歌研究詠草で、オレは最初のうちこそふざけたりいろいろ試していたけど、選者が比較的高齢なのを意識してそれに合わせにいくようになってしまった。配慮もいいが、自分のやり方を貫くのも大事だよなあと思った。







そんなオレの短歌研究詠草は二首。1月号、2月号と二首だった。永田和宏選。

イチョウいちょうイチョウ並木で連作を詠めというほど多くのいちょう/工藤吉生

踏みつけるくらいはいたしかたないがイチョウことさら蹴散らす男/(同)



うたうクラブは佳作★。★があると、やるべきことをやったという感じになる。★がないと反省する。なみの亜子選。

悩みっていうよりもただ漠然と思い浮かべてダルいってこと/工藤吉生




以上です。

オレの歌を少し紹介しましたが、もっと読んでもいいという方は
https://note.mu/mk7911
noteに作品をまとめていますのでご覧ください。投げ銭方式なので無料ですべて読めます。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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