ぬらっ。下手な短歌をけなします


ぬらっ




#みんな自分の名前パワーダウンしたらどうなるの【短歌二首】 : ▼存在しない何かへの憧れ https://t.co/VqR5YeQaJk

のつづき。
これはちょっとキツいことを言う記事です。




ツイッターで工藤吉生という名前をもじって「工藤凶死」という名前をつくって、工藤凶死のつくりそうな短歌をつくって遊んでいた。そこへ


頭蓋骨抉る鉄球持ちながら黒板拭きに散らすたんぽぽ

みたいなうた詠みそうなイメージあります。


とリプライいただいた。よく知らない方に。




工藤凶死の詠みそうな短歌を考えてくれたのはうれしいんだけど、これ、ちょっと短歌としてひどすぎるんじゃないか。見れば見るほどひどい。気持ちはありがたいけど、ひどい。



どうひどいか。


頭蓋骨抉る鉄球持ちながら黒板拭きに散らすたんぽぽ


まず、上の句と下の句がちぐはぐだ。鉄球は鉄のイボイボした球に鎖がついた武器だ。それを持ってたら両手がふさがるから、持ちながらなにかするのは無理がある。
鉄球は日常的な道具ではなく、あるとすればファンタジーの世界かどこかだろう。黒板拭きは教室にしかない。たんぽぽは野外にある。
ファンタジー、教室、野外。一体どこにいるのか。ばらばらすぎる。

「鉄球」だけで頭蓋骨をえぐれる凶器なのはわかるから「頭蓋骨抉る」は本当はいらないんだよ。

「散らすたんぽぽ」は、綿毛になったたんぽぽを吹いて綿毛を散らしているのか。だとしたら「散らすたんぽぽ」は省略しすぎだ。たんぽぽというと黄色い花を想像するが、それは散っていないわけだから。

「黒板拭きに散らすたんぽぽ」っていうのは黒板拭きにたんぽぽの綿毛がくっついたってこと? たんぽぽは野外にあって黒板拭きは教室にあるんだけど、どこからどう吹いたらそうなるの?
「散らす」だと意図して黒板拭きに向かってたんぽぽの綿毛を飛ばしたみたいに読めるけどそれでいいの? だとしたらなんのために? どうやって??

凶暴だけど、繊細よ。みたいなことを言いたいんだろうが、これではダメ。対比するにしても、対比のなかに統一感がなければほんとうの対比にならない。

そもそも「黒板拭き」じゃなくて「黒板消し」じゃない? ほら、そういう言葉の選択の仕方も雑でしょ。



ようするに、ものすごく下手だ。たのんでもないのにすぐ返歌したがるひとは大体そう。

速さを重視して、歌をじっくり味わうこともせず、失敗しても反省もせず次の歌をつくるようなことをしてたら、うまくならんでしょう。

たとえばこの方はAさんという方とツイッターで短歌をリプライし合っている。
Aさんは「返歌の応酬こそ短歌の醍醐味だ」みたいに言うが、上記の理由でぜんぜんダメだと思う。一首に思いと時間をかけなきゃだめです。

力のある者がやるから返歌もさまになるのだ。それだってひとつひとつ思いをこめて歌をつくるのだ。
オレの「工藤凶死」の歌だって、ふざけているが、手抜きはしていないのだ。

返歌のすばやい応酬なんて、短歌を始めたばっかりの人にやらせても駄歌の量産にしかならない。それが楽しいならどうぞお好きにしてくださいだけど、オレのところに勝手にいきなりそれを送ってきたらメッタ斬りするからよろしくね。




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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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