「塔」2016年1月号を読む  ~筋肉が盗まれた、ほか

塔 2016年1月号。



休日を利用して文学館に行ってきた。そんで気になってた結社誌を見たりした。
「塔」は気になる人の歌だけ読んで、印象に残った歌を手帖に書き写した。80分くらいでできた。

オレはもう会員じゃないわけで、それで塔を読んでいるわけで、なんか成仏できない霊が現世をさまよってるみたいだなあという感覚だった。オレが塔に引き続き出詠しているパラレルワールドのことを思った。



ドーナツは穴を重ねて売られおり風深くなる師走の町に/吉川宏志
→ドーナツの穴を師走のつめたい風がヒューヒュー吹いているかのようだ。重なった輪が風を思わせるのはなぜなんだろう。「風深くなる」も工夫のある表現だ。


花束を抱えて夜道を来る人あり食堂車のなか歩むごとくに/栗木京子
→花束を大切にして歩いているのだろう。食堂車のなかを歩くときには、よそのテーブルにぶつからないように気をつけて歩く。注意深く歩いている点は似ている。注意すべきものが自分の手の中にあるか外側にあるかは違っても歩き方としては似る。発見。
奇想天外だなと驚いたんだが、夜道の暗さが想像力を引き寄せたのかもしれないな。


人は空を飛べぬがゆえに一人ずつ吊り上げられるヘリコプターに/松村正直
→水害のときの救助の映像を思い出した。
当たり前でしょとも思う内容なんだが、なんだか引っ掛かる。空を飛べないからといって他の動物はこんなことしない。吊り上げられる様子に、人間の無力や悲しさのようなものを見たのかなあとかいろいろ考えた。歌は答えないからこちらが勝手に考える。


本を焼き人間を生き埋めにした皇帝に少しふれて続ける/荻原伸
→世界史の授業か。皇帝のやったことはひどく残忍だが、それを非難することも驚くこともなくさらっとふれてすぎる。長い年月、遠い距離がそうさせる。


個人情報秘匿の為に実名は出せないが隣の老人は甘えん坊なり/久保茂樹
→形が崩れている。どう区切るのか考えた。「個人情報秘匿の」までを初句とすれば比較的定型に近くなるか。
丁寧な前置きに対して、たいしたことない中身なのがおもしろい。皮肉もこもっていそうだ。
「個人情報秘匿」が歌をいびつな形にしている。それが世界をいびつにしているということか。


掃除機を止めてもどこかで掃除機の音響きおり日曜の朝/山下裕美
→ああ他の家でも掃除してるんだな、考えることは同じなんだなと、のどかな歌としてとらえることもできる。
オレはこわい歌として読みたい。もう一人の自分がどこかにいて掃除機をかけてるとか、なんかそういうの。


証明写真作成小屋から出てこない末路もあるか脚だけ見えて/相原かろ
→ありそう。
いつまでたっても証明写真の小部屋から出てこない人がいる。不審に思った警備員が声をかける。返事がない。カーテンを開けると……そこには目を見開いて口から血をながして死んでいる男性が!!

「作成小屋」がおもしろい言葉づかいだ。言われてみればあれは本当はなんていう場所なんだろ。「小屋」がミステリーっぽいんだよ。
確かにあれは誰かが入ってると脚だけが見えるから妙だ。あんなところで死にたくないなあ。十中八九、他殺でしょうね。
考えると、すごくありそうで、なんで無いのか、無いのはおかしいとまで思う。


床の無いエレベーターというものもあるやもしれぬ 霧の夜など/坂下俊郎
→こわい歌をつづけてチェックしていた。
霧は視界をさえぎる。見えなくなると、存在するものもしなくなるような不安がある。


マグリット展盛況にして館内の暗きを歩(ほ)せり跫(あしおと)たちは/篠野京
→「歩せり」とか「跫」とか、ルビがなかったら読めなかった。こうした、見かけと中身が容易には一致しないさま、音はあるが姿がはっきり見えないところはマグリット作品に通じるのかな。


きみがどこかで欠伸をしてる空のした字幕のように自転車はゆく/大森静佳
→あくびに言葉や意味はあんまりなさそうだけど、それに字幕がついてるようだと。自転車も、きっとこれはあくびに対応するようにのどかに通りすぎたんだろうな。


コスモスが白黒のみに咲いている写真の祖母の袖に風あり/相澤豊子
→「白黒のみに咲いている」で白黒写真だとわかる。
色はうつらないが、しかし風があるのはわかる。こまかいところまでよく見ているところから、これは大切な写真なのだろう。


引出しよりかわいいハンカチ飛び出してしばし涙を拭くを忘れき/太田愛
→「かわいい」が悲しみを忘れさせてくれたのだろう。
女性にとっての「かわいい」とは何だろうとオレはときどき思うことがある。「かっこいい」で悲しみを忘れることはオレは無いからさ。


台原(だいのはら)、そう言うからに広っぱのありし丘べへ月は来ている/風橋平
→オレは小学校六年まで台原に住んでたんだよ!! なつかしい場所なんです。短歌に詠まれたのを初めて見た。そこにいたから当然「台原」は「だいのはら」と読める。これにルビが要るというところにさびしさがあった。オレにとっては親しみがあっても、オレ以外にはないんだなと。

「広っぱ」って知らない言葉だ。調べると「広場」と変わらぬ意味らしい。
まあ、「台原」に反応したけど、歌としては丸つけるアレではないかな。オレにとっての台原は、家がごちゃごちゃ並ぶ場所だ。


真夜中にかじりついてるにぎり飯今なら誰にも負ける気がせん/西之原正明
→この人もそんなに強気になることがあるのかと驚いた。
真夜中という時間帯、にぎり飯にかじりつくという行為がそうした感覚をもたらした。「気がせん」という言い方も強そう。


ひとを抱くようにあなたは陽光を抱いたカーテンまとめるときに/坂井ユリ
→「ひとを抱くようにあなたは陽光を抱いた」で切れるんだと読んだ。
かすかな嫉妬があるのか、美しいと思って見ているのか。
二人で一夜を明かした朝の部屋のカーテンだと思いこんでたけど、別にそうじゃなくても読めるな。


筋肉が盗まれたから歩けないと幼はフニャリ伏してしまいぬ/ぱいんぐりん
→言い訳がかわいい。「筋肉泥棒」みたいなのがいるようで、物語を感じる。



以上です。
来月もたぶん同じように塔を読みます。二月まではオレの歌に評が書かれる可能性があるから必ず目は通します。
再来月もそのあともずっとやるかはわからないけど、いつまでもブログでやってたらウケるだろうなと思います。せっかく「塔」でおもしろい歌人を何人も見つけたんだから、ここで見失いたくないんですよ。


塔に掲載されたオレの歌のまとめはこちら。
http://matome.naver.jp/m/odai/2138733227024647201






余談。今朝の河北新報の「河北歌壇」に一首載りました。

新聞に載った短歌のまとめを更新しました。今朝の河北新報に載った短歌を追加しました。
https://t.co/HGIHUKNZ1i



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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