「未来」2016年1月号を読む  ~ぼうりょくの上手なひとだ、ほか

「未来」2016年1月号



「軍艦マーチ」の音楽鳴りいる運動会梯子の枠より体が抜けない/前川明人
→運動会でじゅうぶんありえることだが、暗示的なものがある。軍艦マーチは開戦を思わせるし、抜けないハシゴは泥沼にはまった戦況であるとでもいうように。


陽が沈みつくすと見えて明るめる歩道橋の上ただやわらかし/佐伯裕子
→歩道橋は固いものだけでできているが、陽の沈みつくす間際の明るさが現実を塗り替える。「ただ」もいいな。


八百円だった夢の買いものをスガ商店でもう一度買う/久野はすみ「火箸のような」
→夢でしたことを現実でもする。たまーにそういうことはある。
八百円って何を買ったんだろうと思わせるけど「スガ商店」は具体的。情報の隠し方、見せ方の加減のおもしろさ。


山の上に雲もりあがる朝である何事もしてみるがよいのだ/平田真紀
→変わったところはないように見えるんだけどな。でもこんなの見たことないという感触があった。上の句と下の句がしっくりきている。
この口調はなんだろう。師匠が弟子にでも言うようだ。



ことのほかあかるい秋をふたりして紙で折られた小舟に乗りぬ/木下こう「あを」



椋鳥のあまた騒げる樹の下でいっぷんかんほど何もおもわず/岩尾淳子

→ひらがなへの開き方がいいんだろうな。「いっぷんかん」が他の1分とはちがう特別な時間のようだし、「おもわず」もただぼんやりしているのとはちがうようだ。


人に見られてゐたはうが落ち着く、といふきみの感覚をたうたう理解できずにゐたり/西巻真「歌のネタをきみに探して」

─彼女が常にツイキャスをやつてゐる─ 
という詞書からはじまる一連。この歌には
─監視社会をみづから望むのか─ 
と詞書がある。

ツイキャスを題材にしたところに親しみをもった。変わった題材というだけでなく、ツイキャスによって浮かび上がった感覚をとらえている。
ご本人のツイートによると、まだ続きがあるようなので、そちらも注目したい。

オレもよくツイキャス見る。今日も、シャワー浴びながら、歯を磨きながらツイキャスしてる女の子の放送を見たところだった。
ほんと、あらゆる場面が放送されている。睡眠も、通勤も、授業中も、なんでも。

理解できないとかなんとか言いながら、見てるんだよこの一連は。
ツイキャスの放送者は何か言われるとだいたい「じゃあ見なきゃいいじゃん」と言う。



未来賞が発表されている。ページの配分というか組み方が、読みやすくなっていて良いと思った。選考の評と、連作のページがあまり離れないようになっている。

ひと月に二層ずつ高くなるビルの影迫(せま)り来る夏至の公園/栗生えり「夏の設計士」
→受賞作。
「ひと月に二層」という視線が設計士なんだな。オレはそんなとこ見てないもん。影も、ゆっくりゆっくりと迫ってきている。


いいんだよライブで歌手がまちがえてそれを愛してしまった耳よ/山階基「祭りのように」
→まちがえた歌手も、耳も肯定していて、その肯定感がいいなあ。


泣かんとき泣かんときって そうじゃなくて頸動脈ごと顎を上げてみ/泉茫人「ダスト・シュート・リフレイン」
→この一字あけの間に、この相手は泣かないようにするための何かをしたんだろうね。で、「そうじゃなくて」がそれを受けている。
「頸動脈」というふだん意識しないような部分が出てくる。内部に踏み込んでくるアドバイスだ。
肉体から精神を動かす。なるほどそういうこともあるだろう。
なぐさめやはげましなど、精神に働きかけるやりかたもあろうが、全く肉体からはいっている。

未来賞からは以上。



赤々とスーパームンのまん丸がシールみたいに剥がれそうなり/梶黎子
→月と鏡集。
こう言われれば、どんな月だったかよくわかる。「スーパームン」になってたの、いま気づいた。



花嫁の衣装で立てば底なしの沼から這い出る重さを思う/倉野いち
→9月号のアンソロジーから。
これはオレが一生できない体験だが、とんでもなく重いだろうことがわかる。結婚の重さでもあるのか。



ぼうりょくの上手なひとだかなしげに鍵束に似た楽器を抱いて/氏橋奈津子
→鍵束に似た楽器ってなんだろうと思うが、大事なのはそこではないな。
鍵束はいろいろに見ることができて、暴力ということならば監禁のための鍵のようにも見れる。「かなしげ」に「抱いて」いる顔つき手つき、つまり暴力を暴力っぽく見せないのがぼうりょくの「上手」さなのかな。


古い塔の内部になった夢をみた足を上にして眠っていたら/南鳥子
→「内部になった」がおもしろい。外部はちがうんだ。
下の句が説明するかと思うと、別に説明してなくて、いい関係だ。


まづ顔がさうなつて泣くみどりごは生後二十日の力に泣きぬ/谷とも子「やがて冬が」
→そう、まず顔から入るよね。「さうなつて泣く」はおもしろい言い方。顔が泣き顔になって、それから泣きの本番がくる。
「生後二十日の力」。一日一日で力がちがう。成長いちじるしい。


トンネル灯ふるさとめがけ飛んでゆく盆の終わりの高速道路/栗生えり
→下の句が補足説明に終わっているきらいはあるが、ふるさとへの気持ちがトンネル灯への把握にうまく入りこんでいる。


伝説のバンド対抗駅伝があるなら氷室は6区を走る/伊勢崎おかめ
→いかにも笹欄の歌らしい。
なんでそれとこれが合体してしまったんだ。好きなものを野球の打順やサッカーのフォーメーションにするのは聞いたことがあるけども。
6区がロックンロールのロックと掛かっているのだとしたら、減点かも。まあそれはこの歌からはわからないけども。


月からの迎えはこない亀からも礼はされない寝たまえよ君/中田美喜

山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君/若山牧水
をならべて置いてみるとテンションのちがいがおもしろい。昔話の主人公にはなれない。


林檎てふ漢字覚えし冬の夜に君は家出の準備始むる/山口隆之
→まさか、牧水の次は白秋、というわけではないだろう。
「君」との関係が気になる。漢字を覚えているということはそういう年頃なのか。林檎が別れをもたらすようなさびしさがある。


戦争をしているうちに母が来て戦争を主電源から切った/蜂谷希一
→ゲームをしてるとお母さんが来て、勉強しなさいとか言ってゲームを雑な切り方で切っていく。なつかしいヒトコマだ。
ゲームと言わずに「戦争」と言っている。戦争を根から断つのは容易ではない。あるいは、戦争を断つことができるのはそういった種類の力なのかもしれない……?


あのときの握り拳がアボカドの種に扮してやってくるとは/林みつえこ
→生まれ変わりとは不思議なものだねえ……って、どうしてそれがわかったんだ!?
「あのときの握り拳」とはなんだろう。悔しくて握った自分の拳と読みたい。それとも、頭にでもくらった拳か。


ですがこれからは心を入れ替えてすごいこと思いつくもんだな/山階基
→悪いことした人が許してもらおうとして「これからは心を入れ替えます」とか言う。それに対して下の句のような感想をもったと読んだ。たしかに考えてみたらそんなことできるわけないのだ。苦し紛れだ。でも、聞くと反省の弁として自然に聞こえてしまうんだなあ。

「ですがこれ」で初句が切れている。「これからは」と切り替えて前向きなことを言おうとしている台詞に対して、定型は「これ」の位置で押し留めようとする。「これから」じゃなくて「これ」の前に立ち止まれと。


妊婦のゐて何のことはなき吾のゐて誰のためでもない嬉遊曲/伊豆みつ「降り得ない雪」
→産婦人科にいるのだろうか。妊婦でない、あるいは重い病でないのを「何のことはなき吾」というところにちょっとしたずれがあり、おもしろい。つまらない自分だとでも言うようで。

「嬉遊曲」はモーツァルトなどのディヴェルティメントのことを指す。(オレも今ちょうど聴いてたんだけど)
シンフォニーが交響曲、コンチェルトが協奏曲、などとそれぞれ訳されるなかで、あんまり「嬉遊曲」はメジャーでない。そういう言葉が出てくるとついオレなんかは余計なことを言いたくなる。くすぐられる。

ディヴェルティメントなんてわからなくても、文字からしてうれしくたのしそうなのはわかる。この音楽は特にうれしくもたのしくもない人たちの間に流れる、空気を読まないBGMなのだな。



十月の評のページから引いていく。

五階から小さくみえる朝の海かなしい子どもたち おはよう/岩尾淳子
→「かなしい子どもたち」はひとつの独断なのだろうけど、その距離から海辺にいる子どもを見たらそんなふうに見えそうで、スッと入ってくる。


快癒せぬ夫の病気を受け入れて街の灯みゆるところまで来つ/衛藤弘代


直角に頭を下げて二分経つ次は膝つくほかなき謝罪/井元乙仁

→佐伯裕子さんの欄でオレが特に注目しているのがこの方。
謝罪してもゆるされないつらさがピリピリとつたわる。






この号からオレの短歌も載っています。彗星集です。

『未来』に載ったオレの短歌のまとめはこちら。
http://matome.naver.jp/m/odai/2145087691179204501





んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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