角川「短歌」2016年1月号を読む  ~元旦がムイシュキンのやうに来てゐる、ほか

角川「短歌」2016年1月号。

特集の大競詠のテーマは「初笑い」。
高齢の方を見てると、あまり笑わずに過ごしている方もいるようだ。たとえば玉井さんは「男は歯を見せて笑うな」としつけられてきたという。考えられないなあ。



窓を開けコーヒーを淹れ想いたり文芸という非力な空を/三枝昴之「水を汲む」


極端に短くなりしを生命線と思ひをりしが頭脳線なり/花山多佳子「三角の影」


どんぶりの底のうどんはまだ光り羞恥の記憶そこより蘇(かえ)る/松平盟子「甘味」

→なんかわかるというか、そうだそうだという感じがするんだが、それをうまくは言えない。
一杯のうどんが人生で、人生の終わり近くになってもそれをわきまえないような言動をしていてそれが恥ずかしい……みたいにつなげられないこともないが、つじつまを合わせただけとももいう。


古タイヤ積みつぱなしのところにも元旦がムイシュキンのやうに来てゐる/渡辺松男「公爵」
→「ムイシュキンのやうに」はすごい比喩だな。ムイシュキンは公爵だっけ。
ドストエフスキーの「白痴」の主人公ムイシュキンはお人好しな性格なんだが、ロシアの社交界やらなにやらに揉まれて廃人になる、みたいな話だったと記憶している。
あらすじを確認した。当たらずとも遠からず、と自分ではおもう。

ムイシュキンがロシアに出てくる場面のように元旦が来ているのか。これからどんな一年になるのかを予言しているようでもある。


うさんくさき自分に気づくいついかなるときも真顔の猫と暮らせば/小島ゆかり「パリの黒犬」
→たしかに猫って真顔だ。オレとおなじことを考えている人がいてよかった。
小島さんはとくに笑顔の印象的な方だと思っていたが「いつも笑顔を心がけているわたし」とも書いてらっしゃり、日々の心がけなんだなと思った。


疎開した綾町(あやちよう)を母は絵に描(か)きぬうすやみのなか低き井戸あり/吉川宏志「鳥ふたつ」
→うすやみと低い井戸。なんだかおそろしい。戦争、疎開といったことがこの「うすやみ」を作り出したようにも感じられた。
調べると宮崎県のようだ。


読みゆけるコピー冊子にくりかえし睫毛のごとき汚れあらわる/吉川宏志「鳥ふたつ」
→これも薄気味わるい。こういうちょっとしたものが嫌な予感を引き起こす。睫毛自体にそれほど悪いイメージはないけど、知らない人の体の一部(のごときもの)につきまとわれるのは、いい気はしない。


その音はあるときにわが身に沁みぬ地下道電車の戸のしまる音/斎藤茂吉
座談会で小池さんが引いている歌。わかるわーと思ったけど、よく考えたらオレの乗る地下鉄は戸の音なんかしないのだった。プシューッというのがそれなのか。小池さんは「ドーンと音がして」と言っている。
昔の歌ってそういうのがある。そうだよなーと思ってから、オレの知ってるのとは違うだろと。

音そのものは違うにしろ、その奥にある、この場合は「身に沁み」ているものはそう変わってないんじゃないかと、大事なのはそっちなんじゃないかと、思うようにする。


秋空に顔を浮かべていたりけり飛行機が顔の上空を行く/花山周子
連載から。「顔を浮かべて」がなんとも独特だ。空を見ていて、広いなあとか、よく晴れていて気持ちがいいなあとか、そんなような思いが反映しているのかなあと。顔だけになって見ているような思いだろうか。



謝らうか歯をけづられる間に考へたのだからどうもあやしい/平井弘「鴉あるき」



猫に語るが返事はしないされどまた語ればちょっと頷く気配/浜田康敬「国歌「君が代」」

→そんな気配あるかなあと思い出したがよくわからない。気配はあっても、でもうなづかないよなあ。うなづかなくても、もしかしてこっちの言うことが猫は分かってるんじゃないかと思うことはある。


掃除機のコードひつぱり出す途中にてむなしくなりぬああ生きて何せむ/小池光『思川の岸辺』
→コードがのびているのを反映してか、字数も増えている。むなしさはふいにやってくる。これから掃除するぞという動作のときにもくる。

小池光さんの掃除機の歌を、オレは過去に二回ツイートしていた。

ぎやつといひて驚くさまや掃除機に眠れる猫の尻尾を
吸へる/小池光

掃除機に吸ひこまれたるくつしたは常闇の国へ行ってしまへり/(同)




「読者の声」はおもしろいというか、まあ、こういう人たちが読者だったんだなというのが見えて興味深かった。
六十代以上の方が多い。どうしてもツイッターにいるともっと下の年代の声ばかり入ってくるものだ。
(36歳・男性)というのがいつか出てきたら、それはオレです。

専用はがきってことは、「公募短歌館」あらため「角川歌壇」に出してるような人たちが中心ってことだわな。




角川歌壇
「公募短歌館」という名前が変更された。たしかに「公募短歌館」って変なタイトルだし、どんな館だよと思うけれども、長く触れて慣れたものが変わるとさみしい気もしないではない。

〈お遊戯会〉幼に一つ台詞あり「どうぞひとばんとめてください」/石倉香子
→こどもをほほえましく見ている歌。だけどこの台詞のチョイスがいいんだな。完全におとぎ話で。
幼いというけど、その後一生言うことも聞くこともないかもしれない言葉だ。この内容の言葉がかわいらしく見えるのはお遊戯会というこの場だけのことなんだろうな。




角川全国短歌大賞の発表がある。そこから少しやって終わりにしよう。

スマホとふ情報の海にぎりしめ母の病をどうにもできぬ/山川仁帆
→相変わらず母親の歌に弱いオレだ。
海をにぎりしめるというところに、母への気持ち、無力感があらわれているんじゃないでしょうか。


送りバントを決めるが如く前髪を右斜め向きにピンで止めおり/藤原靖子
→女性で送りバントを決めたことがある人というのはどれくらいいるものなんだろうな。オレ? オレはない。
とにかく意外でおもしろい。
考えてみたらオレは前髪をピンで止めたこともないんだ。どっちもやってなかった。そんなことはいいんです。


いつだって心は傍にいるという一行だけを繰り返し読む/風花雫
→手紙だと思った。歌詞とかかもしれないけど。
そこが特に響いたところなんだろうなあ。







オレの歌。

角川歌壇。
看板のうえにテープが貼られればテープの下は虚偽の看板/工藤吉生

松坂弘さんの佳作。今月は佳作1首のみ。
この歌は若い人たちの某歌会に出して、けっこう点が入った歌。



題詠「微笑み」
居酒屋の呼び込み人がほほえんだままでまたもや無視されている/工藤吉生

小林幸子さんの選。実は題詠に載るのは2013年の春以来で、かなり久しぶりなのだ。
短評がある。
「街頭で無視され続ける営業用の微笑みに目を留めた。」



角川全国短歌大賞の発表のページに特選で1首載った。
こじゃごじゃにからまってるがはじめからそんなつもりでいたか巨木よ/工藤吉生

馬場あき子選。これについては「短歌生活」という本のときにまたやります。



オレの歌を今少し紹介しましたが、もっと読んでやってもいいという方は
https://note.mu/mk7911
noteに作品をまとめていますのでご覧ください。投げ銭方式なので無料ですべて読めます。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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