「塔」2015年12月号を読む  ~とんがりてにげてゆく雪、ほか

「塔」2015年12月号。

塔を読んで感想をこのようにまとめてブログに書くのはこれが最終回であります。オレが結社を移るからであります。
最後まで普通にやりたいとおもいます。


父は未だ夢に来ないと言ふ母の眠りたるのちこほろぎ聞こゆ/干田智子
月集から。
この方の「父」については以前から風炎集などで読んでいて、この歌もその続きとして読めます。
結社誌を毎月読むということ、特に生老病死を詠む人の作品を継続してリアルタイムで読むことの味わいを塔からは教わりました。

「こほろぎ」の声が父に重なるような重ならないような、というところですね。夢の中にも聞こえているのでしょうか。



真夜中に時折しゃべる冷蔵庫 はなしてごらん秋の夜長だ/大森千里
新樹集から。
しゃべる家電はありますが、みんな役割としてしゃべっていて、私語は無いんですね。
「秋の夜長」がおおらかさを引き出しています。


児童らを前に裏方のわが仕事少し語りぬ退任式に/守永慶吾
百葉集から。
いい歌が載るべき場所にいい歌が載っているとなんだか安心します。
若い人は目立つ仕事に目が行きがちですが、裏方の仕事の話はどのように響いたんでしょうね。「少し」の遠慮がちなところに好感。


寝返りをうったら流れかけていた涙が目玉に戻ってしまう/上澄眠
→流した涙が戻る。時間が逆行したようであります。しかし気持ちはそうならない。
……のでしょうか。オレはどちらを向いて寝るかで気持ちが少し変わったりしますが、はてさて。




作品1

仕事よりも人に疲れて帰りくる家までの道にマンホール数多/徳重龍弥
→なんでしょうこのマンホールは。疲れで視線が下へ向きがちなんでしょう。人のいない異界へ通じる穴、なのでしょうか。


虫籠に入れられエレベーター上る精霊飛蝗の横向きの顔/北神照美
→ふつうにバッタとして生きていたらエレベーターに乗ることはないわけです。バッタはこの時どんな気持ちなんでしょうね。その横顔から伺い知ることはできません。
「精霊飛蝗」という表記が神々しいです。「エレベーター」とのミスマッチが強調されます。


「ぢいちやんは死ぬまでずつといきててね」幼は言へり 大丈夫だよ/中山博史
→退会するとこの方の孫歌ともお別れなんですね。最後と思うといろいろとしみじみします。

確かに死ぬまでは生きているわけでそこは「大丈夫」なんですが、お孫さんがほんとに言いたかったのは長生きしてねということでしょう。それをわかっていて、しかし言葉通りの意味で「大丈夫だよ」と。
子供の言い間違いのかわいらしさと、いつか終わる命の悲しさ。


さざれ石が巌となるわけ説明せむ絵にかき不意に淋しさの湧く/野島光世
→古典和歌でもある「君が代」の内容を説明するために絵を描いたのでしょう。しかしその絵で理解はしてもらえても、歌の味わいとそれは違うわけですね。
……って書いたこれがすでに「説明」であります。
歌と評の関係を考えたりもしました。


ふるでなくおちてくる雪とんがりてにげてゆく雪おくびやうなのだ/國森久美子
→おちてくるのはわかるけど、「とんがりてにげてゆく」はなんだろう。溶けてゆく様子でしょうか。雪のいろんな状態を想像しました。



ここからは作品2

さみしいとどうやら涙が出るらしい冷蔵庫にはマヨネーズだけ/西之原正明
→ああ西之原さん。今回は塔のお一人お一人にさようならというつもりで書いていて、オレは感傷的なのです。

さみしくて冷蔵庫を開けたのか、冷蔵庫を開けたからさみしいのか。マヨネーズが一滴の涙のようです。


相槌をすぐ打つときと少し間のあくときがあり夫に言わせれば/倉谷節子
→そういうどうでもいいことを、そうかしらねえ、そうだよ、などと言い合えるのがいい夫婦なんだと思います。



ラジコンカー有害ごみに廃棄して終われりわが子の子供時代は/川本千栄『樹雨降る』
→歌集評から。有害ごみというのがせつない。ラジコン自体は子供に害ではないでしょうに。今はあんまりラジコンは流行らないかもしれませんね。


確信に近き音せり赤玉がポケットに黒を追ひ落とすとき/ 野岬
→ビリヤードの歌なんて珍しい。音が聞こえるようですし、「追ひ落とす」とは言い得ています。



朝刊の日付を父に読みたればほうと漏らして漂いてゆく

病院のパンフレットにながめたり緑と風と荘の三文字/佐原亜子

→「ほう」がなんとも頼りない、わかったようなわかってないような返事です。「漂いてゆく」はどこに行くかわからない不安があります。

漢字三文字の言葉を一文字ずつにばらばらにするのも、分かるものが分からなくなっていくような感触があります。
直後に徘徊の歌もあります。



うんうんと唸りあげいる冷蔵庫に頭を順に入れけりむかし/小圷光風
→暑い暑いと外から帰ってきて頭を入れたんでしょうかね。オレもやりました。なつかしい。
「順に」で複数人いるとわかります。兄弟でしょうか。仲良さそうです。


気分よき日に来た「塔」は表紙から落ち込む日には後ろから読む/尾崎智美
→いろんな読み方があるなあと驚きました。落ち込んだ人にふさわしいようなページが巻末にあるかというと、そうでもないと思うんですが。
正攻法でいくにはすごいボリュームの本ですし、みんなどう読んでるんだろうと気になるところではありましたね。
編集後記のちょっとした文章にほっとする、ということはありそうですね。


星ひとつ流れ落ちたりこの空にスワイプをする神の御手(みて)ありや/篠野京
→この方はいい歌をつくる方で、これからクるんじゃないかとひそかに思ってるんですが、どうでしょう。

スワイプってあんまり言わないのかもしれませんが、スマホの操作ですね。

夜空を神のあやつるスマホ画面に見立てたという歌です。神様の出てくる歌って今はけっこうあるんですけど、ルビまでふってある「御手」に神への敬いがあって、これが歌を深くしている、アイデアに終わらせていないのだと思います。

ちょっと違う話になりますが今は「死」も「神」も、あるいは「セックス」も、イジられ役みたいに出てくるよね。ちょっと歌をおもしろくするための調味料みたいにふりかけられることがある。そいつらをイジり尽くしたら、どうなっちゃうんでしょうね。それともずっとイジっていられる感じなんでしょうか。

「御手」がいいと思うのは、神様とかそっち方面はあんまり気安く触ったらいけないことなんじゃないかという気持ちがオレの中にあるからかもしれません。



若葉集

学食でカレーライスを注文すサイズのエムのムを強調し/永山凌平
→エル、エム、エスがみんなエから始まるのは、少し不便だけどあんまり不便だと言われないし、なかなか変わらないシステムだ。
多くても少なくてもいけない、エムじゃなければいけない、この強調にささやかな主張がある。


洗車する車の上に虹が立つ今日のテニスに利のある兆し/熊澤峻
→こうして読んでると虹とテニスは無関係でしょとおもうんだけど、本人的にはテニスの勝敗が重要で身の回りのものもそれとの関わりがあるように感じられるのだろう。
選歌欄評だったら「このあとの試合はどうだったんでしょうね」って書きたくなる人がいそう。

なんでも勝敗にむすびつけたくなるところに勝負への入れ込みようが見えて、そこに良さを感じる。
勝ち負けまで言わず「利のある」に押さえているところに、運に任せきれない実力の世界がある。



今月号の歌おわり。十月号の選歌欄評から、取りこぼしてた歌を拾います。

眠れぬまま深夜のテレビショッピング見るともなく見てフライパン買う/山 惠美子
→えっ、買っちゃうんだと驚いた。どういう人が見てどういう人が買うのかわからないとずっと思っていたので。

塔だから「買っちゃうんだ」と驚くけど、これがうたの日うたらばうたつかいの歌だったら本当に買ったとは思わないかもしれない。「未来」でも事実として読むでしょうけど、笹さんの欄だったらネタに見えるかも。



冷凍の炊き込みご飯をもどし食ふ妻手作りの最後の味に/矢野正二郎


これで、塔を読むブログ記事の最終回はおわりです。ありがとうございました。
正直、塔の話題を見ると郷愁を感じますし、辞めてほんとに正解だったのだろうかという思いもあります。ですが、そのたびに「隣の芝は青い」式にぐらついていたらなにもできませんから、もう動かないことにします。

地元の文学館に行けば塔が読めますので、これからも時々読みたいと思います。オレの歌が評のページなどにないか気になりますから、一月二月は見に行くと思います。
まだ未定ですが、塔を見に行った時に気になる歌を書き移しておいて、あとでブログにまとめるのもおもしろいかもしれないと考えてます。会員じゃなくなってるのに相変わらずブログ記事を更新してたら、ウケませんか?







オレの歌をまとめておきましょう。ありがたいことに、最後は池本一郎さんの一席でした。



オレん家(ち)にオレが入ってゆく夜の忍び込んだという心持

騒々しい人のひとりが作業場に戻り休憩室は暖房

踏みつけたオレの悪意の体重に耐えて九月のマツボックリは

赤がありオレンジがあり青がある計算通りの花園に雨

西側と東側とに向いているスピスピーカーカーの声声

上からの目線で家を見るときの屋根のアンテナかわいらしいね

セーターに象が並んでいたこととそれらが同じ向きだったこと




塔に載った歌のまとめはこちら。
http://matome.naver.jp/m/odai/2138733227024647201

んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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