「短歌研究」2015年12月号・短歌年鑑2016を読む  ~人トシテ生キヨ! 、ほか

短歌研究2015年12月号。短歌年鑑2016




展望から。

ひそひそと誰もが言葉を呑みこんで月下の辻に影ばかり立つ/永田和宏
→本音を言わない人たちと、姿をあらわさない影が不気味だ。この影は何かを起こそうとしているようにも見える。


はるかなる旅の途中の風はいま馬上の人とすれちがひたり/小島ゆかり



床屋にて顔蒸されおり死んでから数ミリ伸びる髭われにあり/藤島秀憲

→顔を蒸されているのは死んでいる状態に似ている。肉体の死の先までいくと思うと、ヒゲが神秘的に感じられてくる。


人トシテ生キヨ!と落書きされている電柱のあり山谷交番前/谷岡亜紀『風のファド』
→落書きに詩を感じることってある。関係ないけど、2ちゃんねるのオカルト板の不気味な落書きスレがオレは好きだった。

漢字とカタカナなのが高得点だし、内容のほどよいわけわからなさもよい。いい落書き。「山谷」「交番」からも何か汲み取りたくなる。


まあそこの彼に見倣へ師匠から教はつた術(すべ)すべて忘れよ/岡井隆『暮れてゆくバッハ』
→長く積み上げてきたものが崩れる瞬間か。人が変わるのはむずかしいものだ。
「術すべて」がスベスベしている。教わったものが滑り落ちてゆくようだ。


町並のおぼろおぼろに見える朝われに父母(ちちはは)のつひになくなる/外塚喬『山鳩』



思はざる箇所に下線の引かれたる他人(ひと)の聖書を書棚に戻す/大口玲子『桜の木にのぼる人』

→キリスト教にもいろいろある。書いてあることは同じなのに、下線によって自分に受け入れられない聖書になってしまう。




「総合歌人団体──今年の収穫」に日本短歌協会がない。唯一オレに入会の誘いをかけてきて、なおかつ、よくわからない団体だったので気にしていたのに。



「戦後七十年を記憶する歌」から。

近づきてまた遠ざかるたましひのむらがるごとく雲はてしなし/島田修二『渚の日日』


満月があまねく幸(さち)をそそぎたり かつての屋根にいまの更地に/斉藤梢『遠浅』




いつものように、「綜合年刊歌集」からもやっていきます。
ためしに全部読んでいってみたら、何の罰ゲームかというくらいつまらなかったので、名前を知ってる人と4首以上載ってる人に限って読みました。


地を擦りて黒き落葉の吹き寄する警察署前に昼のバス待つ/秋山佐和子
→見たものそのまんまのような歌だけど、陰鬱な風景に魅力を感じた。


子のおらぬうちに食べたるスナックの匂いいつまでも残る指先/浅羽佐和子


ポケットにさびしき湿りを探り当つ鍵の尖りの奥のハンカチ/朝井さとる

→ポケットのなかで鍵とハンカチに触れた。これらはふつう見えないものだし、触覚がクローズアップされる。
ハンカチの湿りにさびしさがあるならば、鍵の尖りにも何かの感情がありそうだ。


「しんだことある?」って問いを曳きながら子供らが漕ぐ風のぶらんこ/大平千賀
→二人がブランコをしながら会話しているところと見た。この子達に死はどのように映っているんだろうなあ。問いも答えも風の中だ。


鯨とはこのようなもの 丘に立ち黒きジェット機を反り返り見て/岡崎裕美子
→陸上が海中に入れ替わる。鯨を見上げるような体験はないが、想像できる。

前にも書いたけど、知ってるものを通して知らないものが見える歌をおもしろく思う。


燃えつきるまへに小さき尾を振れり遊ぶごとしも炎の終り/春日真木子
→炎の尽きるさまが、子犬の死のようだ。ひっそりとした悲しみ。


句読点と漢字と仮名と余白とに分別をして捨てる恋文/神定克季
→これくらいゴミの分別が厳しくなったらいやだなあ。プライバシーは守られそうだが。恋心もバラバラになったのだろうか。


「はい」とのみ返信一語娘のメールすなほにあればかなしかりける/小池光



遠い夜の遠い扉が開いていてそこから戻ってくる声のこと/小林朗人



曇天にいよいよ青く映え渡る金融業の屋上看板/小林幹也

→けっこうあれはいろんな色があるよな。仲良く分担してるみたいに。
曇れば映える青い色は、生活に困れば存在感を増してくるようでいやらしい。


うすくなる影のようなる筆圧の訳を知りたき去年の日記/佐佐木定綱



「ビルヂング」の「ヂ」の字が少し気になって目をそらせてはまたちらと見る/清水良郎



自治会の祭りで綿菓子売りとなり次第に玄人らしくなりゆく/関口昌男

→なにごともだんだん慣れてくるもので、慣れてくる自分を感じることもある。綿菓子売りの玄人っていいね。どんなふうなのか微妙に思い描きづらいところも。


別件と告ぐるとき喉奥に立つベッケンバウアー皇帝なりき/辻聡之
→海外サッカーに興味ないような人にベッケンバウアーって通じるんだろうか。
まあシャレなんだけど、そのたび思いついて、そのたび飲み込むようなシャレがあるものだ。


白梅のかがやく畑に近づきて花に声なし鳥に声なし/戸田佳子
→「声なし」が重ねられて静寂がつくられる。そのなかでは白梅のかがやきがより強くなる、気がする。


一両の車両の床に飴玉が転がつてくる弟逝けり/中根誠
→電車やバスのなかでものを落とすと転がる。拾われることなく転がってゆくものもある。
飴玉は小さい子を連想させる。ものが転がるのは不意をつく現れ方であり、それ以前に手からものが落ちたわけだ。


泣き別れの朝のその後のそれぞれの社会のなかの八時間半/永田紅


冬の夜の雨がおぼえていてくれた母さんが泣いていたことなども/野樹かずみ

→どうして覚えていてくれたかどうかがわかったのだろう。もしかしたらこれは、冬の夜の雨によって、それ以前の冬の夜の雨の出来事を思い出したということか。


鴉ならからすでいいのだしおほいならおほくたつていいのだが/平井弘
→何か言いたいことや望みがありそうだが、それは言わない。たくさんの黒いからすばかりが見えて、その向こうが見えない。


棄てられぬモノのすべてが粘着し絡まって母はそのまま老いし/松平盟子
→体にいろんなものがくっついて取れなくなったようなグロテスクなイメージ。テレビゲームの「塊魂」を思い出したりもした。


ところてんのおしだされゆくその先のこの世は自爆テロのテロップ/吉岡生夫
※吉は土に口
→たしかにそういうテロップあるな。あるニュースのテロップがぐーっと押し出されて次のニュースが出てくるタイプ。
そうやってあらわれた自爆テロの報道。テロップの出方がニュースの印象に左右することもありそうだ。


永遠はかつて遠泳の誤字であり、鯨がほら、陸を捨てたから/吉田竜宇
※吉は土に口
→生命は海からきたなんて言うけど、鯨が陸にいた時代もあったのか。真偽はともかく言葉の由来をたどるのはおもしろい。
でたらめかこじつけのようで、しかし太古のロマンのような味わいが魅力的だ。



以上です。






短歌年鑑についてはこちらの記事もどうぞ。オレがアンケートになんと答えたか、オレのどんな歌が載ったかなどはこちらに書いてある。

「短歌研究」2015年12月号【2016短歌年鑑】が届いたぞ : ▼存在しない何かへの憧れ http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52153194.html







ここまで書いたことにはあんまり関係ないけど、
https://note.mu/mk7911
noteに短歌作品をまとめています。投げ銭も受付中。応援よろしくお願いします。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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