「未来」2015年11月号を読む【前編】  ~しんそこという駅あれば、ほか

「未来」2015年11月号。



十一月新集から。

サックスは鈍きひかりとして置かるいまだあたたかき椅子の平(たひら)に/大辻隆弘「光の印象」
→聴覚から視覚、温度、平衡感覚、ついさっきまでそこに人がいたという感覚。いろんな感覚がつぎつぎにあらわれるのがおもしろいと思いました。


「このおちや」にあらず畳に零れたる「あのおちや」が飲みたいのと叫ぶ/黒瀬珂瀾
→子供のわがままなんだけれども、「子は」などという主語の部分が略されている。哲学のようでもある。こぼしたら代わりを用意すればいい、とは大人の考え。同じお茶は二度と汲めず、二度と飲めない。



ニューアトランティス

夢であなたに逢ふまで眠り続けたいとはつまり死ぬといふこと/松原未知子「夏の荷」
→有名な歌詞だ。
夢では絶対に「あなた」に逢えないのだろうか。なんと遠い「あなた」だろう。
あ、そっか。眠りつづけても「あなた」に逢えないんじゃなくて、「あなた」に逢ったら夢の中から死ぬまで戻りはしないだろうってことかも。


あれかこれか一日迷ひて愉しかり裸電球に着せるシェードを/松原未知子「夏の荷」
→同じ方の歌をもう一首。
世の中にはオレの知らない楽しさがいろいろありそうだなあ。


苛立ちをかくすことなき雨粒が地や草や木や人を打ちたり/桝屋善成
→今日はこちらは一日雨なんだけれども、そういえば雨ってイライラしてるみたいに見えることがある。
打たれるものが四つでてくるが、最後に「人」が出てきて飛躍する。


少しずつ壊れていってなおらない母の余生のような木の柵/久野はすみ「身体に溜まる」
→こういう歌を見ると、やはり比喩っていうのはうまくいくと力を発揮するものだと思う。


仏像を見に行くという口実を何度も使う君に会うとき/岡崎裕美子



ニューアトランティスopera

しんそこという駅あれば紙コップ入りのコーヒー買って降りたい/盛田志保子
→この「しんそこ」はひらがなになってるけど、どんな漢字を書くんだろう。「心底」を考えたけど、予測変換には「真底」というのもあった。こっちのほうがこわくていいかも?
紙コップには底がある。安価で浅い紙コップの底と、得体の知れない「しんそこ」。

あっ、そういえば駅に書いてある駅名ってひらがなになってることあるな。
「しんそこ」なんて場所に降りたら、そのまま帰れなくなりそうだ。「きさらぎ駅」みたいに。
紙コップ入りコーヒーがそこでどんな意味になってくるのだろう。現実と超現実をつなぐ役割があったりするのか。


替え歌のぼくらはみんな死んでいる死んでいるから歌うんだ そうか/盛田志保子


生活の中に輪ゴムを拾うとき憎しみのほんとうにかすかな息吹/田丸まひる

→かがんで物を取るのってけっこうしんどい。それが大したことないものだとイラついたりする。……ってことかなあ。
「生活」のおおざっぱと「輪ゴム」の細かさ、そこからもう一度、細かい「輪ゴム」から「憎しみ」に大きく転じる。


改札の向かうに消える友だちが・になるまで見送つてゐる/大西久美子



次は未来広場


天窓をあけたる母のすみずみに向日葵の影かさなりてゆく/嶋凜太郎
→天窓をあけるという行為に、太陽の方を向くという向日葵が重なります。生命が重なりあう、輝かしいところです。


餅つきの会に呼ばれたムーミンは臼をのぞいて身をかたくする/林みつえこ
→笹欄らしいなあと思いました。
ムーミンはお餅に似ているという発見です。「臼をのぞいて」といった動きが丁寧です。


大切な話があると呼び出して逆立ちをして鉄棒をして/林みつえこ
→なかなか告白できないんですかね。ほほえましいです。



桜井登世子さんの選歌欄「銀河集」から。

治療院の巨漢の助手の足音の痛む膝へと響き来るなり/西山数明
→助手は治療のために動き回っているはずだが、誰のどんな行動が人に痛みや苦しみを与えているか、いやはやわからないものだ。



「今月の一人」というページから。塔でいえば「風炎集」にあたるわけだな。連作10首に短いエッセイがついている。

傷つけば糖溜めてその実守るといふ林檎は女に似ると思へり/黒木三千代「こゑ」

四十歳で歌をはじめたことや四十五歳で新人賞に輝いたことが書かれていた。オレも年齢でコンプレックスがあるので心強く感じた。



道浦母都子さんの選歌欄「聲のさざなみ」から。

教科書は先生のみが持ちてをり茅葺き校舎で我ら学びき

砲弾の傷だらけなる黒板の板書けんめいに写し学びき/宮城鶴子



人はみな愛するために生きている老人ホームは二百人待ち/近藤千雅

→上の句と下の句に距離があり、どうつながるのだろうと立ち止まった。人は老人ホームが空くを待つために生きているのではない。

「茅葺き校舎」「砲弾の傷だらけなる黒板」「二百人待ち」。こうしたものには重みがある。



佐伯裕子さんの選歌欄「月と鏡集」から。

わたくしが作るレジュメに従っておごそかなりし秋の式典/井元乙仁
→「選歌をおえて」にも取り上げられている。



つづく。この次は「彗星集」から。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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