「未来」2015年10月号を読む  ~悲しい悲しいただ悲しい、ほか

「未来」2015年10月号を読みます。

長くなったので前半後半に分けます。この記事は前半です。巻頭から「未来広場 みらいプラザ」までを扱います。
200ページある本の最初の50ページまでを前半で、のこりの150ページを後半でやります。有力歌人が最初のほうに多いためか、自然にこのようなバランスになります。「塔」もだいたいそうです。




十月新集

悲しい悲しいただ悲しいと繰り返すあの日の母を誰か止めてよ/佐伯裕子
→現在ではなく「あの日」の母を止めてほしいという。「あの日」が止まらずに続いているのだ。


儲かつてゐるのかねえとゆるりゆるりまはる風車を見上げつついふ/山田富士郎「軽い」
→風車は見上げないけど、「儲かっているのかねえ」と思うことはある。
例えば畳屋さんの前を通りかかったときとか。おじさんが一人で、テレビをつけっぱなしであまり忙しいふうでもなく何かしているのを見てそう思う。「ゆるりゆるりまはる風車」に通じる感覚じゃないかな。


手のひらにて顔を覆へり手のひらは顔を覆ふにちやうどよき幅/大辻隆弘「天上領」
→もしや人体はそのようなことまで想定して創られたのではないかと思わせる。


雨靴を持たざるわれの靴に侵みまづ親指の爪濡らす雨/黒木三千代
→打っていて気づいたんだけど「しみる」と打ったときに予測変換で「侵」の字はでてこない。染みる、凍みる、沁みる、滲みるの四種類しかでない。「侵入」と打って「入」を削った。雨が侵入してきたようだ。
親指の爪、というところが繊細だ。




ニューアトランティス

円形の昼の緑茶を傾けて裡に入り来る坂となしたり/大滝和子
→絵画では人の顔を描くときに丸を描いてそれを十字形に分割したりする。なにもかもがおおまかな図形から描き始められる。
そんなことを思い出すような、図形と化した緑茶だ。
坂になるっていうのは、自分を断面図で見ているみたいだ。
香りも味も温度も奪われた緑茶だ。


書く前に考えているあとがきのそれを焦りというのだろうよ/小川佳世子「失敗の転居」


期末考査また模擬試験七月を動き止めらる生徒もわれも/服部一行「七月は」

→10首のほとんどすべてが同じことを言おうとしていると読んだ。すなわち夏に完全燃焼できない状態だ。そうだとして、一番言い得ているのがこの一首とおもう。


もう善でもなく悪でもなくて完成に入りぬあなたは花に埋もれて/井上敦子
→ツイッターでつぶやいた時にもっとも反響があった歌。


轢くなら轢けばぁといふおもひのむくむくと自転車に乗つてゐたころのこと/河野泰子「ワイパーの速度」
→「轢」という字は強烈な字だ。それに旧かなで、それでいてこの口調だ。こういうのを見るとクラッとする。


結局は雨降る雨の夜の端に我と我なる殼の濡れいる/平田真紀
→重複の気持ちよさで丸をつけたようなものだ。「我なる殼」は気になるところ。


喉だけのうつくしいからだになつて窓のレースを通過する風/木下こう「夏の草」
→目に見えないけれど音はする風は、なるほど喉だけの体だなあ。「うつくしいからだ」とひらがなにひらくことで透明感が出ている。レースは、モノが実体を失いかけたものとも捉えられる。


素足にて素足を踏めば完全にあなたのことを奪えると思う/岡崎裕美子
→こういうわけのわからない自信を恐ろしいと思う。ただ奪うのではなく「完全に」奪うのだからな。
なにか履いていてはダメで、生身の肌と肌だから起こることがあるのだ。


裏のある言葉をあまた潜ませて革張りの椅子なまあたたかし/中沢直人




ニューアトランティスopera

どうしてかわからないけど止まらない涙のように遠足がくる/盛田志保子
→大人になるとなかなか遠足はこないし、古い記憶をたぐりよせて、そんな感じだったかなあと思いだす。そんな感じかはわからないけど、この歌はいい。


リモコンの四色ボタン押せというそれがつながる力だという/佐藤理江


境界の草はざばざば ららら町ふわわ町へとつづく道にて/鈴木博太

→オノマトペと町の組み合わせはちょっと面白い。絵本をちょっとのぞいたみたい。


ふと腕をつかめば細くたよりなくぎりぎりなんだろうなこの子も/野樹かずみ「変身」
→体に触れると、体に触れた以上の情報が伝わってくる気のすることがある。つかんだ腕から、精神的なところが垣間見えたのだろう。


背後から浅く刺されて川風にたおれるまでを時間と呼べば/村上きわみ




未来広場 みらいプラザ
塔でいえば新樹集にあたるのか。各欄から選ばれた注目作。選者が推薦する形をとる。


ベッドのない部屋の暮らしを四年半してもベッドがまだ欲しいのだ/山階基
→四年半という、中途半端な時間がリアルだなあ。


薔薇の名がジャンヌダルクと知る午後に伝言ひとつ再生をする/杉森多佳子「伝言」
→バラの名前っていろいろある。
「ジャンヌダルク」はなんとも劇的なものを思わせる名前だ。それに対して伝言の再生はひそやかな行為だ。




つづく。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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