「塔」2015年10月号を読む  ~これが草だよ、ほか

「塔」2015年10月号。



月集から。

コンビニのおにぎりがまたすこし軽くなり海苔とごはんのすきまを食べる/真中朋久

オクラとは種を食うものつぷつぷと密室でありしを潰してゆきぬ/永田淳

→偶然、はじめに丸をつけた歌がどちらも食べる歌だった。
味覚のほかに、食べ物の触感とでもいうものがある。ちょっとした感覚を丁寧にすくいとっている。
おにぎりの歌は特にいい。あの隙間の感覚こそ手でにぎったおにぎりとの違いかも。


古川道子のししたう日原幾代のにんにく、私も名のりて庖丁にぎる/亀谷たま江


乾かざればバスタオル何枚も垂らす部屋にいろんなことが許せずにいる/花山周子

→乾かないタオルが、ゆるせない気持ちを見える形であらわしているようだ。



作品1

縁側の母の背中の小さくて人は内側に老いてゆくなり/関野裕之


そんなにも人は静かに言ふものか 残る命の長くなきこと/北神照美


見えないが何となく見えてゐるやうに耳掻きつかひ耳さうぢする/久岡貴子

→そのとおりだなあ。見えないのが当たり前になっていて、見えていないことすら忘れてしまう。わずかな感触をたよりにおこなう、珍しい掃除だ。


いふことを聞かないからと言ふだらうなビニール傘四百円+消費税/久保茂樹
→これから交わされるだろう会話と、目の前に見えているもの。
「いふことを聞かないから」が答えになるような問いをこれからしようとしている。わかっていてもやはり問うだろう。
ビニール傘は、透明とか雨を避けるとかいろいろ見れる点はあるが、意味を探りすぎないほうがよさそう。

相手の回答が予想できるくらい親しいが、相手の考えを変えるほどは親しくない、みたいな関係性かな。
雨が急に降ってきて傘が必要なのかなとか、消費税にも何かあるのかなとか、いろいろ考えたくなる歌。


夕陽背に我に近づく影ひとつ会釈して黙って通りすぎたり/原久子


お願いが多い電車だ言い終わる頃には次の駅が来ている/相原かろ

→これもさっきの耳掻きの歌もそうだけど、世の中には、そういうもんだと思って過ごしているけどよく考えたらちょっと変なことがある。「そういうもんだ」を解体する詩というのがある。


甲高くタイマーの音知らせおりパスタの前にわたしはいるが/落合花子



風炎集

わが影に入り来てしばし止まりたる蜥蜴の速き息づきあはれ/田附昭二「移ろふ」
→日なたから影にきたことでトカゲは安全を確保したつもりかもしれないが、大きな生き物の目の前にいるのだ。とかげの息づいている細かな様子を見ている。



ここから作品2を一気にやる。

飲み干せしメロンソーダのラベルのみがメロンソーダの色を残しぬ/太田愛


メールひとつ吾が読むうちに隣席のメークはいつしかまつ毛に至る/広瀬明子

→電車での過ごし方いろいろ。隣の人のメークの進捗状況なんて気にしたことがないなあ。メークの箇所に時間の経過を感じたのか。


幼子の帰りし後は蔵ひゆく小さき碗と短い箸を/澤崎光子
→動作だけで寂しさがにじむ。「蔵」の字が深くしまわれるように感じさせる。


真夜中に不意にしりとりはじめたりうさぎの「ぎ」で子は眠りたり/高橋武司
→「ぎ」で始まる言葉は子供にはなかなか思い付かないのだろう。考えているうちに眠りにおちた。「うさぎ」も子供らしくてかわいくていいね。


蜘蛛の巣にかかった蝶の心地なり首すじに髪の毛はりつけば/上澄眠
→微細な感覚を比喩にした。上の句では罠にかかった危機があり、下の句で些細なことだとわかる。「首すじに髪/の毛はりつけば」のまたがり方も居心地悪さをあらわしているか。


草引けば幼き男の子二人来て手伝ふといふ これが草だよ/藤原はつみ
→「これが草だよ」か。手伝うとはいうけど、遊んでおしまいだろうね。とはいえ、草にふれるのは子供にはひとつの体験だ。


新生児6死亡27転出3 町会報の人口欄に/江見眞智子
→そういう欄ってちゃんと見たことないなあ。
数字は、このままじゃ誰もいなくなるということを雄弁に告げている。死亡の多さが高齢者の多さを示している。転出はあるが転入はない。


さようならと家族同士は挨拶をしない最期が近い母の手/佐藤浩子
→さようならとは言わないが、そんな言葉が心にうかんできたのだろう。
読ませる一連。


よこ線をつぎつぎ引けば凪の海たて線をひけば海に雨ふる/三吉誠
→よこ線とたて線だけでつくられる詩的な風景。


以上、作品2から一気にやった。



特別作品は小田桐夕さんの作品に注目した。

かへらざるひとの輪郭おほふほどしろき花束ささげてみても/小田桐夕「血と水」
→ささげてみても…悲しみまでは覆い尽くせない、とでもつづくのだろう。悲痛。


とほくからきたるひとのあしあとが川辺にのこり、やがては消ゆる/小田桐夕「血と水」
→どこから来てどこへ行ったのか、川辺はなんなのか。なにもかも儚くて印象に残る。



三井修さんの「永田和宏の母の歌」よかった。

墓原(はかはら)をかなかなの声渡りおり辿(たど)りきて母の墓を探せず/永田和宏『華氏』
→「渡りおり」に空間的な広がりがある。かなかなは果てしもなく遠くから聞こえるようだ。歌がA音に覆われているが、かなかなの声に包まれているようでもある。



若葉集

おのが手を臆病なりしと気づきたり人に右の手差し延べられて/西山千鶴子


手はわづかわづかに先のみづを掻き掻きてはみづをまた掻きてゆき/近藤真啓



以上で10月の歌はおわり。


8月の評におもしろい歌がたくさんあった。いつも言うけど、オレはいい歌をたくさん見逃しているなあ。オレが見逃してもこうして拾ってくださる人がいる。

ひとつえらぶときのさびしさ 何にでも合ひさうだから と言ひつつえらぶ/朝井さとる

「ベルリンは雨」とラジオの声に聴くせはしき一日(ひとひ)の眠りのきはに/村上和子

トナカイのスープはほんにうまかつた飲んではいけないやうに濁りて/北神照美



山口泰子さんについては以前「です・ます」と「だ・である」がかなり混ざっていて読みづらいと前に書いたけど、直っていた。読みやすくなった。


あきれられ捨てられること母親の仕上げの仕事やも知れず 春/山尾春美

というところで今月の塔についてはおわりです。







オレの歌も一応ここに置いておく。


        宮城 工藤吉生

かき氷の「氷」マークの下にある波はよくよく見れば荒れてる

蹴られても壁に当たって跳ね返るボールの妙に強気な夕べ

雨のたび水の溜まりやすい場所のようなくぼみを精神を持つ

タッチされ追われる役目を子は終える獣だったら喰われるところ

石ころを懐かしい気持ちで蹴れば軌道いじけて隅へ逸れゆく




児嶋きよみさんから選歌欄評でコメントをいただいた。ありがとうございます。

悪口が自分のことに聞こえるよ いつものことだ 足が花踏む/工藤吉生
(評)
まず、「足が花踏む」に目が止まった。草むらの花を踏む時とはどんな時だろうか。苛苛しているのだろうか。自分の悪口を言われているみたいだから? そしてこれは常時なんだとかぶせてくる作者の論理が見える。



珍しく、もらった評まで記録した。誰がいつどのように評価されたかがわかると便利だ、という声を聞いたからそうしてみた。

んじゃまた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

最新記事
リンク
月別アーカイブ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR