ぬらっ。ひさしぶりにツイキャスした

ぬらっ




ひさしぶりにツイキャスした。七ヶ月ぶり。

猫をなでながら雑談
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ツイキャスでなにかしたい気持ちがまだあって色々考えるんだけど、なかなか難しいよなあ。
短歌関係のユーストの番組を思い出していくと、ゲスト呼んだり中身のあることやってても人は集まってこない。
この閉じている感じがつらいなあ。

テレビのイメージがあるのかもなあ。テレビには爆発的な拡散力がある。それにひきかえネット配信のひろがらなさ。

たかが数人のために頑張れない。逆に、貴重な時間をいただいているとおもうと怖くなる。
それが向いてないってことかな。

配信で人を集めてる人を見ると、なにか芸術的なことや文学的なことをやってるひとなんてまずいない。
ああ、音楽の人はいるか。あとは、あらかじめ他のことで有名なひとが配信でも人を集めている。

特にオレは見た目のぱっとしない男なんでハンデがある。よほど珍しいか笑えるかしないと勝負にならない。だがどちらもないんだよな。熱意もハンパだ。
やるなら勝負にいきたいが、勝負になる要素がない。

やりたくなるんだけど、やると恥ずかしいんだよな。
あまりふだん感じることのないタイプのはずかしさがある。

とにかく長時間やる、みたいなことで伸びる人もいるけど、そこまでやれないしなあ。
などと考えるとやれなくなっていく。

勝負にならないならば、やりたくなったときにやりたいだけやる付き合いかたが一番いいんだろうけど。

あと、新聞への投稿に夢みているのもクラスタの外へ歌が届くことだ。
短歌結社も一つのクラスタなんで、そこに息苦しさを感じることもあるけど、人数が多いし、世代も地域も多様なのでまだいいかなと。
誰が見てるかわからない感じがほんとは好きなんだよね。

オレがなにをやってもわりと応援してくれる人というのがいて、そういう人も大事にしなきゃいけないんだけどね。
ツイキャスとかやるとしたらその層に向けての放送にしかならない。

内輪でもりあがる、みたいなことに興味をもてないんだよな。「今日も見てくれてありがとう」ってならない。「またこいつらか、でも一応ありがとう」ってなる。

だから、オレみたいなのがネット配信に「遠くまで届ける」みたいなのを夢見たらだめなんだよな。それができるのはよほどの成功者だけだ。

むしろ、近いひとたちでわいわいやるためのものだと思うくらいでないと。

そこを割りきったうえで、右肩上がりを期待しないでほそぼそと楽しめればアリだな。
でもやるなら発展が見えないとつまんないんだよ、ってまだ最初の話にもどる。

週に一回くらい「新聞歌壇を読む」みたいなのをやってもいいかなと思ってた。でもこれ盛り上がらないんじゃないかと。それに、人名が読めないんだよ。

あとは、リアルタイムの閲覧数が見えること。これに左右されすぎてしまう。減ると放送も適当になっちゃう。

向いてないのにやりたくなるのは困ったもんだな。
閲覧にかんしては、話すことをあらかじめ決めておくやりかたがある。でも原稿をよむだけなら放送いらないだろってはなしだ。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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