なんたる星大賞を読む  ~カメラおじさんの道を左、ほか

なんたる星大賞。
2015年8月。「なんたる星大賞」が発表された。増刊号が出て、すごいボリュームだった。


http://t.co/LOJUA8iB81 「なんたる星大賞」選考会の様子など。


五首連作の募集があった。受賞作や次席や候補作や特別賞あわせて12作が誌面に載った。それらを読んだ。
これだという連作はなかったが、おもしろい歌はけっこうあった。

一番思うのは、五首連作って難しいなということ。
オレは五首だったら、基本的には丸がつく歌がいくつあるかでざっと良し悪しを見る。選考会を見ると五首全体としてどう見るかという方向で丁寧に読まれていた。

自分も応募していたのを完全に棚に上げてオレも上位五作を選ぶとするなら、丸の数で順位をつけて
1位「知らない事情」、2「夏へ、菜食生活」、3「ペンギンづくり」、4「行事には出ない」、5「力を合わせたくない日」
という順番になる。


あとは、短歌「っぽさ」をこの人たちは嫌ってるんだね。そりゃ新鮮なものを読みたいとオレだって思うけど、その度合いが星の人たちは特に高いんだなと、そこに敏感だなとあらためて思いました。

じゃあいつものように面白かった歌を引きながら、ぶつぶつ何か言います。



来週で通学路が変わりますカメラおじさんの道を左/まな!「知らない事情」
→大賞作品から。オレも字足らずが気になった。
カメラおじさんは不審者として読んだ。盗撮してくるの。通学路が変わるのは不審者のせいなのかなあと。
ある道が「カメラおじさんの道」になってしまうところに面白みを感じた。


大陸の裏側にそっと貼っている一番良い時の神様のプリクラ/まな!「知らない事情」
→大陸の裏側っていうのがすごいスケールだ。神様にも良い時やそうじゃない時があると思うと親しみがわいてくる。いい時のプリクラって大事にするよね、というところであるあるもある。プリクラはあんまり一人で撮ることはないんだけど、神様は誰と撮ったんだろ。


鳴ったように聞こえたけれど違うみたい あ鳴ってたみたい俺でした俺/まな!「知らない事情」
→一首のなかで状況が変化していく。言ってないけどこれは携帯かなにかだね。省略がうまい。「鳴っていたのは俺の携帯電話でした」が「俺でした」になる。そんな省略が日常会話にはある。


生き別れた恋人たちの再会も私立図書館では私語になる/大嶋航「ペンギンづくり」
→岡野さんの混入事象の歌を思いだしたりもするけど、そういう、ルールと人間性みたいなものってぶつかるところがあるよねえ。

骨なしのチキンに骨が残っててそれを混入事象と呼ぶ日/岡野大嗣『サイレンと犀』



「おまえだ」と叫ぶパターンの怪談を練習すれば外は初雪/まるやま「行事には出ない」
→あるねこういう怪談。小学六年くらいのころ、普段は退屈な先生にこれをやられてえらく驚いた記憶がある。急にでかい声出すのな。
その急なでかい声を、初雪が受ける。誰にというわけでもなく、ささやかに降る初雪。


場所じゃないとこにいるから見つけてねすべてのオーロラ・雲に泳法/めちゃくちゃうるさいあしか「夏へ、菜食生活」
→上の句は無茶なことを言ってるようだが「ね」がやわらかい。オーロラや雲は確かにどの場所にあると正確に言うのが難しいので、ある程度納得できる。
泳法ということは、オーロラや雲が空を泳いでいるととらえているわけだ。ひろいひろい海を漂う、自由さがある。


コピー機の不調のノイズに似たような横顔なのかも、それか嘘かも/めちゃくちゃうるさいあしか「夏へ、菜食生活」
→オレはコピー機が不調な時にどんなノイズを出すのか知らないので、そこは想像する。
ある人の横顔があって、それは複製だが機械の不調のためどうやら正確な複製ではない。ノイズに似たような横顔かあ。かなり乱れた感じだろうか。

これは記憶なんじゃなかろうか。ある人のことを思い出そうとしても正確に思い出すことができない。もうそんな記憶すら嘘のように思われてくると。
記憶の再現を阻む「ノイズ」が気になる。単なる記憶力の問題なのか、思い出そうとすると痛みを伴うような何かなのか。


熊島に住むもの 飛べぬ熊 力のない熊 その恋人の熊/雀來豆「力を合わせたくない日」
→熊って強い動物だし、キャラクターとしてもよく親しまれている。でもこの熊島の熊はそういう感じではない。飛べなくて当然でも「飛べぬ熊」と言われるとかわいそうな熊のように見えてくる。力のない熊の恋人もあまり幸せそうに見えない。
妙に悲しくて引き込まれた歌。


本当は曲げたらあかん方向へ曲げてばっかりやで蟹の足/じゃこ「正しさはストレート」
→うん。食べるためにわざとそうして折ってるんだけど、完全に慣れちゃうし考えもしないことだ。
食べる行為に残酷さを見る歌ってあるけど、これは大阪弁が変化をつけている。


星だったやっと掴んだはずだったプールの底の消毒錠剤/しま・しましま「星だったはずだった」
→さっきのあしかさんの「オーロラ・雲に泳法」は空が海みたいになる歌だった。こちらはプールが夜空に見えたがやはりプールだという歌。空と海の逆転の歌は時々見られる。

「だった」の反復はタイトルに通じる。プールの消毒錠剤がなつかしいし、それを星になぞらえたところが新鮮だった。



おもしろかった歌は以上であります。


4首目が鬼門だというのが選考会の話の中で出ていた。それと関係するように、オレが丸をつけた歌には「4首目」がひとつもなかぅた。1.2.3.5首目はある。4だけなかった。


5首連作って難しいって最初に書いたけど、力の配分の問題だ。最初の1と最後の5で失敗できないから1と5は強くするとして、234のどこかが弱くなる。5で最高に跳ぶために4でしゃがむのかもしれないな。
5首しかないと、1つも失敗できない上にまとまりも求められる難しさがありそう。

あとは、宮迫アレルギーの話がおもしろかった。

終わります。んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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