ぬらっ。「親友の裏アカ投稿に傷ついています」

ぬらっ。





「親友の“裏アカ”投稿に傷つけられている」雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第25回 http://t.co/n4QUk60DYY


というのがRTでまわってきたから読んだ。オレもツイッターに裏アカウントをもっていて(ちなみにこれはサブのブログです)表で書かないことを書くともあるので興味をもって読んだ。
でもやっぱりオレとはだいぶ違うのだった。以下感想。




オレもこういうことはあるかもなあ。気をつけなきゃなあー。


オレは読まれる快感より書き出して投稿するほうに快感を感じるなあ。そして投稿した自分の文を読むのがたのしい。


友達を大切にするの、オレにはできないなと思う。


あてつけと思われないようにあてつけるの、汚いと思っちゃうな。まあ、オレもやるけどさ。汚いと思いつつもそれを直視せずにやる。
こうして文章でしっかり見ると、やっぱり汚いなと。


なんで最初にスマホを伏せさせたんだろう。スマホで読んでるオレはどうすればいいんだ。ろくなこと書いてないから読むなってこと? 相談者はスマホ依存だろうということ?


やっぱりひとりひとりの悩みってちがうと思うね。このひととオレでは違う。


「Facebook熱」もわからんなあ。あれのなにをどうすればそんなに面白くなるのか。


オレは裏アカウントでふぁぼを稼ごうとしたことはない。フォローもリプライも歓迎しない(できればやめてほしい)。
だからオレとこの「彼女」では、同じ裏アカウントでも性質がちがう。


「傷つくからやめろよ!」「わかった! すまん!」
ってなれば一番いいと思うんだけど、女性はそうじゃないのかな。そうしたいができないのと、最初からそうじゃないのではちがう。


あきらかに女性向けサイトだったな。性別の差はあるってことだね。


オレが相談を受けてたらなんて言うかなあ。
「そうですね、見てしまうあなたの問題ですね」か「本人に言ってみては?」か。なかなか繊細にはいかんのですよ。その意味で、雨宮さんはオレにないものを持っている方だ。


悩み相談って自分にはなにも落ち度がないという前提になってることが多くてそこに疑いをもってしまう。


気をつけようなんて思ってないのに「気をつけなきゃ」って言えてしまう言葉の軽さをオレは疑う。そのあてつけの虚偽の言葉でログ全消しを求めることにためらいはないのだろうか。ないんだろうな。

賭けてもいいくらいだ。彼女は全消しはしない。

自分のツイートすべてを相手が読んでいる、リンク貼れば必ず読んでもらえると思ってるんなら、楽観的だなあ。実際に全て読んでいるような関係ならむちゃくちゃ息苦しいなあ。


ひとのプライバシーを書かないようにしようとはオレはいつも気をつけていますよ。


アドバイスとしては、うまいところに落としたなと思うよ。それで解決はしないと思うけど。


「オレが相談を受けたら」って書いたけど、「オレが相談者の立場だったら」どうだろう。
鬼みたいに「やめろ」リプライを連投するか電話するか、かな?
見えるようにやり返すのもちょっと考えるが、泥はかぶりたくないなあ。

「見えてねえと思ってるだろうが見えてるんだよ、やめろよパクツイクソ野郎」って。


繊細なひとほど悩むよね。それはわかってて言ってるんです。
その繊細さがどういう「はかりごと」を必要とするかを考えると、繊細さに賛成できないというか、距離をおきたくなるなあ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

最新記事
リンク
月別アーカイブ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR