「塔」2015年6月号を読む  ~前ならえしつつスクワット、ほか

塔2015年6月号。




月集から。

部活より娘(こ)は帰りきて夜(よ)の更けに風呂の蓋たたむ音がひびけり/吉川宏志
→風呂の蓋、オレがイメージしているのと、世間のイメージは同じだろうか、どうなんだろう。オレがイメージしてるのは凸凹していてパタンパタンてするやつ。独特な形状。
「ふ」も重なるし「T」の音がつらなるおもしろさ。


曇天のスカンジナビア半島のごとく垂れたり今日のぺにすは/松村正直
→身長の歌といい、今月はどうしちゃったんだと思った。

垂れてはいるし天気もすぐれないが、超巨大なものに例えているところにねじれがある。スカンジナビア半島が男性器なら、女性器にあたるようか世界の地形はないかとさがしたくなる。


湖の辺の里に来たりて外灯の下より雪は降り始めけり/上田善朗


右耳に口近づけて増田医師みなさうですよと結論を言ふ/上大迫實

→どの情報を出してどこを隠すか。
医師の名前は出すが、「みなさうですよ」がどうなのかは明かされない。そこに生命や健康に関する重大な何かがありそうな予感がする。見えないのもまたよし。


ゴムの匂い、水の動く音それぞれに幼き熱の夜はありたり/藤田千鶴
→水枕だろう。オレも風邪をひくとよく使った。体調がわるいと匂いや音が妙に気になることがある。


月集おわり。
百葉集からひとつ。

ピンマイク和服の色に合はせられ笑点メンバーの胸元に見ゆ/西内絹枝
→細かいところ見てるなあ。なんのために和服とピンマイクの色が合っているかといったら、ピンマイクが見えないようにするためだろう。マイクが目立つとおかしいからだ。
見えないようにしたものを、見逃さずにとらえた。



作品1、池本欄

そのながき死後の時間のひとときを吾が夢に来て父は帰りぬ/関野裕之


をばさんが三人寄ればわれ先にと畳みかけるから話が合はぬ/山地あい子

→「三人寄れば」とくれば「文殊の知恵」だが、そうはいかない。おばさんの性質があらわれている。


この欄おわり。
題詠四季「半」から。

四個目の蜜柑ほおばりきいている夫の繰り言まだ半ばほど/数又みはる

妻や娘は無視しているも半分は聞かせるつもりの独り言なり/上田義朗

→偶然となりに並んでいるのかもしれないが、まるで、同じことを夫婦それぞれの立場から言っているようなおもしろさがあった。


いとへんに半分と書く絆とは牛馬をつなぐ網と知りたり/紺屋四郎
→こういう、ちょっとした知識を言っているだけの歌の扱いに迷うんだが、へー面白いと思ったら丸ということにしている。
由来を知ると違って見えてくる。



作品1、花山欄から。

染みるほど効き目感ある目薬と信じ注(さ)しいる生きの哀れよ/歌川功
→確かに、染みると「目薬をちゃんとさしてるな」と感じる。だが効き目は別だ。感覚に左右される様子を「生きの哀れよ」と大きく表現した。


重篤の父の病室軋みけり目瞑れる父うづくまる母/清田順子


特集は「初期永田和宏の世界」
オレ永田さんの歌を実はそんなにちゃんとは知らないんだよ。「表現の吃水」と「牧水賞の歌人たち」と「たとへば君」「作歌のヒント」「新樹滴滴」くらいだな読んだのは。歌集は全然。

高安国世の歌集を一晩でノートに書き写したというエピソードがすごいと思った。
オレなんか、啄木の『一握の砂』を少しずつ書き写しはじめたけど結局途中でやめたからまだおわってない。

線香花火の雫なす火は膨れつつ泣いて女は身軽になれり/永田和宏『無限軌道』



作品2、栗木欄

不揃いの椎茸からげて三百円なんでやねんとか言ってる気配す/秋田妙子
→「なんでやねん」は椎茸の声という理解でいいかな。
不揃いということは「なんでこんな小さいやつが大きい俺と一緒に入ってるんだ、一緒にしないでくれ」などと言っているのかな。



作品2、真中欄

長さは五十メートルのサランラップ全て一気に引き出してみたし/花凛


死期を知り避けむともがき結局は死んでしまつた男のはなし/藤かをり

→要約するとそうなるような物語はたくさんありそうだ。もがいてももがいても、人は死んでしまう。


ガラス戸にか黒くわれが映りゐて背後の街の動きするどし/竹下文子
→ガラスが「するどし」に向かっている。
ガラスごしに見た街とこちらの街が違うかのようだ。



作品2、永田淳選歌欄

前ならえしつつスクワットするようにスマホで梅を写す人あり/宗形光
→前ならえしつつスクワット。そんなことしない。不自然だ。それもこれも、梅の画像のためだ。


いつの日か住みたい島があることが支えなんだと少し笑って/空色ぴりか


四十年経ってはじめて気付くことタイムボカンは母艦であること/谷口美生


この欄おわり。


金魚鉢の中に入れば水ぬるく あ、ぶつかる横あ、ぶつかる後ろ/河野裕子『母系』



作品2、小林欄から。

音階が急に六音あがるほどうれしかつたよきみの合格/大谷睦雄
→一オクターブまではいかず六音というところがおもしろい。自分では何音上がったかはなかなかわからないものだけれども。


「俺の家トイレが屋根に載ってるし」痙攣しながら笑い続ける/佐藤涼子
→はっきりそうは書かれていないが、津波とその被害を詠んだ一連と見てよいのだろう。
笑えないこともないかもしれないが、「痙攣しながら笑い続ける」過剰さには、可笑しさではないものが含まれているにちがいない。

他にも、大腿骨があっても行方不明者として統計上は扱われること、頭があれば死者に数えられることなどは、知らなかったし強く印象に残った。


夫不在キャベツをたっぷり混ぜ込んでお好み焼きを一人食む 美味(うま)!!/村上眞由美
→夫の不在がお好み焼きを美味しくしているのだろう。
「美味!!」は変わった表現だ。「うま!」とか「まず!」とか「くさ!」とか、そういう日常の言葉がある。



作品2、三井欄

夕べに花いくつ束ねても束ねてもひとつの覚悟と未だなり得ず/島田瞳


方々(かたがた)と紹介されしAKB 最後列端(はし)我より無名かも/中村英俊

→いやまさかそんなことはないだろうけど、もしや。それくらい、ただの人のように見えている。
「方々」という呼ばれかたにアイドルらしからぬものを感じたのだろう。



作品2、山下欄

つくづくと不思議な響き親友の「いいとこあれば働くけれど」/北山順子


銀紙をひりりとはがすところから板チョコの味はじまっている/永田聖子

→「ひりり」はうまいと思った。確かにそんな感じだと思わせる。「ひりひりする」という言葉があるが、そのように体に感じるものもありそうだ。



若葉集

「飲まないと効かない」といふ幟立ち烈しき風の薬屋の前/河上奈津代
→風がノボリをはためかせるから、その文字もはげしく動いて見えているだろう。
当たり前のことを言っていて、奇妙なノボリだ。当たり前のことが風にばたばたして一種の印象をもたらしているのだ。その前に「買わないと飲めない」のだけれども。


車内アナウンスの声の響きが心地よく運気が優しく上る気のする/津田雅子
→いろんな占いや運勢の見方、操りかたがあるが、心地よい声を聞いて運気をあげるというのもあるのだろうか?
不思議な感覚だ。それも、運気の上がりかたにまで優しさを感じているのだ。


今月の塔の詠草は以上です。

この顔ぶれでの選歌欄評が今月でおわった。オレのもおわった。誌面で自分のを見ると恥ずかしいが、とにかく無事に終わってよかった(無事だと思っているのがオレだけでなければよいが!)。
お疲れ様、オレ。オレ以外のみなさんもお疲れ様でした。
こういうのは、原稿料もなければお礼も何も言われない。載るのみだ。挨拶もなく出てきて評してそして去ってゆく。せめて「お疲れ様でした」くらいは心から言える自分でありたいと、担当してみて思った。

選歌欄評でとりあげた方からお礼のハガキを三通ほどいただいた。書きたい放題にやっているだけなので、大変恐縮であります。それだけ重く受け止めている方もいるのだなと感じた次第です。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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