題詠ブログについて

ツイッターで知ったんだが、「題詠ブログ」の継続が、岐路に立っている。アクセス数が減って参加者も減って、今後も続けていくかを投票で問うている状況だ。


題詠ブログはオレの眼中にないし、まだやってたのかと思っていた。
この機会に(多分)はじめて題詠ブログにアクセスした。

アクセス数をある記事のコメント欄に表示していた。そんなことするブログ初めてみたよ。
それによると、1日200人きていた訪問者が40人くらいまで減っていた。そりゃやめたくもなるよ。
オレ一人でやってるブログが昨日は720人きたよ。内容は違うけどね。

じゃあ題詠ブログにアクセスがないから参加人数がいないかというと、そんなことはないんだね。100人くらいで出走している。知ってる名前も多い。決して過疎ってはいないのだ。数百人でやってたという以前がすごすぎたんだ。今はいろんなサービスがあるから一ヶ所にそれだけ集めるのは難しい。

100人は、ネットで短歌やってる人のなかでは「大勢」といっていい人数だと思うよ。大勢の人が参加している場がなくなるのはなんかあれだよなあ。自然じゃないよな。まだやれるのではと思える。

でもまあ、終わるかどうか別として、古いなあとは思うよ。古いよ。
トラックバックなんてまだやってるんだと思った。「感想掲示板」というのも、響きからして古いと思った。そういう古めかしさを狙ってるふうでもないんだよなあ。
その証拠に感想掲示板は誰も使ってないんでしょ。連絡事項があればともかく、掲示板にみんなで雑談や意見を書き込むようなのが流行らなくなってきている。


題詠のためにブログを持たなきゃいけないとか、どうよ。
オレはブログにこだわりがあるからそういうことは自分に許さない。ブログの書き方は自分で決めたいし、拘束されたくない。クリックしても短歌ひとつしかないようなのをブログ記事と呼びたくない。

ほかのSNSが強くなってきていて、ブログ自体が今はやや低調だ。ブログが流行っていたころとは状況が違う。


じゃあ、ネットの変化に合わせて方法を変えるとしたらどうだろう。
例えばタグつけてツイッターに歌を投稿するやり方にしたら、かなり敷居は下がるしアクセス数を気にする必要もなくなるんじゃないか。で、集まった歌はtogetterにまとめる……とかも想定してみた。
でもそれはもうそれまでの「題詠マラソン」「題詠ブログ」とは違うものなんだろう。
それによくよく考えてみたら、個人の100首をたどるのが難しくなるからだめだな。
トラックバックじゃなくてコメント欄に書き込む形式にしたら、とかも考えたけど、それもやはり一人の作者の一連の作品を追いかけづらくなるからダメだ、とオレのなかで結論がでた。よくよくよくよく考えたら、完成されたやり方だったんだなあと思えてきた。

でも、現実に人が離れていってるのだからいま現在は合ってないんだろう。


いずれにしても、管理運営には手間がかかる。それは確かだ。無償で管理運営するひとには頭が下がる。それは間違いない。



まあそんな思いをもちながら状況を見守りたいと思います。これは参加している人達のものだからね。
題詠ブログがなくなってもつづいてもいい。なくなったら短歌の世界の財産をひとつ失うわけだけど、このままつづいても細くなっていく以外ないでしょう。


参加者の皆さんに動きがあるかと思って見ているけど、オレの見える範囲ではあんまり動きはない。
力を合わせて継続するのか、しないのか、何か第三の道があるのか。もっと大騒ぎになるかと思ってるんだけど、しずかなものだ。関係ないオレが騒いでもしょうがない。

ネットでの短歌の場の大きなひとつであるだけに、注目していきたいところだ。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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