「塔」2015年5月号を読む【1】月集、作品1  ~病床の父のソフトクリーム、ほか

塔2015年5月号。



月集

コンセントを抜ききたるコタツに冷えてゆく猫思うなりバスの座席に/池田幸子
→オレは外に出て猫のこと考えたことないなあ。
コンセントを抜いてもコタツなんだからそれほど冷えないだろうけど、それでもゆーっくりゆーっくりとは冷えてゆくだろう。コタツに長くいる猫と、つかのまのバスの座席にいる飼い主。


毎日が感謝の日ですといふ人の電話を切りて楽しくもなし/岩野伸子


もう二度と死ななくてよい安らぎに見つめてゐたり祖母の寝顔を/梶原さい子

→歌集『リアス/椿』は、たしか祖母の介護の歌から始まっていた。そういう流れがある。


「君のため」かかる言葉の横暴を生徒に与え子にも与える/川本千栄


躓けど転ばずすみし道歩む私ひとりのリンゴ買わんと/酒井万奈

→つまずいたけど転ばなくてすんだ。そんな内容をもつ歌をオレは今まで見たことないです。
「私ひとりのリンゴ」が気にかかる表現です。身体は誰のものか、命は誰のものか、というようなことと関係あるのでしょうか。


着ぐるみのしっぽに入るるしっぽなく振らず過ぎゆく三十代は/永田紅
→着ぐるみはしっぽのある動物であることがあるけど、中の人はしっぽがない。着ぐるみによってヒトがヒトであることをあらためて感じているのでしょうか。
「三十代は」の限定がおもしろいです。二十代も四十代もしっぽはないんですけども。

この「過ぎゆく三十代は」が、月日の流れを感じさせます。
あるいは着ぐるみとは、生きてゆくなかで何かの役割を演じることなのかもしれません。



新樹集と百葉集からひとつずつ。

子にとって初めての雪を見せる朝、子と一緒に見る初めての雪/春澄ちえ
→子にとって初めてであると同時に、親も子によって初めての気持ちになる。親も子どもを生きているというか、あたらしく生まれなおしているというか、そういうのがあります。コマーシャルで「子が三歳なら親も三歳」という言葉を聞いたことがあります。


ポケツトに団栗もつてゐさうな医師ころり椅子回し説明はじむ/小畑志津子
→「ころり」がどんぐりから連想される音であると同時に椅子の回る様子を表しているようでもある。
ポケットにどんぐりを持っていそう、ってどんな状態でしょう。少年っぽさが残っている医師なんですかね。



作品1、真中欄

写真みなガッツポーズとVサインちからまかせに生きたあかしか/深尾和彦
→写真には生きざまがあらわれる……あらわれるかな? 自分の写真が気になってくる一首。

オレの直近の写真は裸で撮ったし、そのまえは大阪でかぶりものして撮った。
あっちがう。仙台歌会のときに撮ったのがあるな。
まあいいや。塔にもどります。


一時間待ちてようやく呼ばれたる吾の名前をなつかしく聞く/畑久美子
→たしかにあるなあ。その感覚。一時間という時間でなつかしくなる自分の名前だと思うと変な話だけども。


陽水の歌声高きをかなしめり「行かなくつちやいかなくつちや」/河原篤子
→「傘がない」。久しぶりに聴いてみましたが言われてみると高い声です。
旧かなだと七七に見える下の句。


大雪になりたる故かこの人にしては弔問客少なきは/吉田健一


ごはんよと呼べば出でくる一日に百歩くらゐしか歩かぬ夫/渡辺のぞみ




風炎集の干田智子さんの「幼き麦」は胸にせまるものがありました。「父」への挽歌です。

もう何を食べてもいいと言はれたる病床の父のソフトクリーム/干田智子「幼き麦」
→この「何を食べてもいい」は、もはや何を制限しても無駄、という意味ととりました。何を食べてもいいのに、あまたある食べ物のなかからソフトクリームがえらばれた。贅沢なものじゃないところがひっそりと悲しいです。


洗顔ののちのタオルに顔埋めたるまま暫しこらへてゐたり/干田智子「幼き麦」
→我慢していた感情が、ちょっとした隙をついてあふれでたのでしょうか。悲しみの大きさを感じます。


物置の陰にも父の姿なし虚しさはこの後押し寄せむ/干田智子「幼き麦」
→物置の陰に父がいるような気がしたのでしょうね。しかし、いない。虚しさがこれから押し寄せてくる、その予感までで歌いおさめられています。



作品1、永田和宏選歌欄

昼過ぎの定食屋から聞こえくる低き濁声罵りやまず/関野裕之


ポケットのエサをやりつつバス停のおうな十羽の鳩を集める/加藤武朗


写真を指しひどい潰瘍と医師は言ふひどいはひどい言葉と思ふ/廿日出富貴子

→医師と患者のちょっとした意識のちがいがあらわれている。病気でも傷んでいても、患者にとっては自分の体だ。



特集「豊穣祭」
10年目、20年目、30年目……の会員が顔写真つきで作品と短いエッセイを載せる。今回は30年目以上の方がいないので、小さめの豊穣祭という感じです。
初めて顔を見る方が多いです。いつも誌面で見る方々の、お顔を拝見する機会であります。

お金があったら食べたいものをびっしりと書いたページが日記にありき/荒井直子「二十年」
→さっきのソフトクリームの歌を思い出します。
「日記にありき」ですから、過去を振り返っています。
オレも食べるの好きですけど、ここまでは書けないなあ。脱帽。



後半につづきます。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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