篠弘『現代短歌史Ⅲ 六〇年代の選択』 第五章・私性と虚構をめぐる論争【前編】

篠弘『現代短歌史Ⅲ』第五章・私性と虚構をめぐる論争
〈「私」をめぐる論議〉


寺山、岡井、塚本らの私性論議。20ページあっていつもより長い。

塚本邦雄「牡蠣は棘を」
「戦後十年間、廃墟の地図のように変転した歌壇に、ただ一ついじらしい位頑固に守り徹されてきた「黙喫」のようなものがある。それは事実(決して現実でも真実でもない)に対する殉教的なまでの忠誠、経験と実践のものへの処女のような羞恥心、そしてメタフィジカルな世界への生理的な反撥である」


昭和36年。寺山の岡井批判。「土地よ、痛みを負え」の頃。
全体の概念のなかに「私」を拡散させたままで、十分に「私」を収拾しきれていないとした。岡井の方法上のさまざまな試行が、いっそうトータルな人間像の造型をあいまいなものにしていると。「拡散と回収」という言葉がでてくる。

菱川善夫はこの論議にきびしい。「戦後短歌史論」のなかで語られる。
「〈私〉性への批判が、本当の批評意識として稔るためには、「アララギ」の中から出発した近藤のような〈私〉の変革を、十分見据えたところから出発しなければならなかった筈である」


寺山の「メモリアリズム」という造語がでてくる。メモリアルとリアリズムを合成させたもの。日常のメモを記録したところで、自己肯定を前提にした「私」短歌にしかならないことを揶揄する。


娘売る相談すすみいるらしも土中の芋らふとる真夜中/寺山修司「戦後姥捨山」


寺山の「戦後姥捨山」と「恐山」はみずからの私論の提唱に対応するものとなるが当時の評価はきびしかった。
「出てきた〈私〉は表現者、主体としての寺山と、どの程度、結びついて感じられるかというと疑問が残る」という梅田靖夫の批判。
篠さんは「無私に近づくほど多くの読者の自発性になりうる」という寺山のテーゼはひとまず達成されたと見ている。


岡井隆の「短歌における〈私性〉というのは、作品の背後の一人の人──そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということです」という有名な言葉がでてくる。







篠弘『現代短歌史Ⅲ』第五章・私性と虚構をめぐる論争
〈岡井隆・滝沢亘の「暗喩」論争〉


滝沢亘は「詩の計算」(「短歌研究」 昭和36.7)で塚本邦雄の二首をとりあげ批判する。
不渡手形遡求権のごとき恋 されば六月の鯖かがやける/塚本邦雄
滝沢は上句の〈恋〉にかかる喩が難解であり、そこに誤算があることを指摘。
これに対し岡井は、失敗作と認めたうえで、上下句間の対応にウェイトを置こうとした。そのうえで「上下句間の飛躍が、定型のもつ綜合力をこえているため、喩が正確に喩として成立していない」とし、そこに問題があると応えた。また、失敗作をあげつらうことのマイナス面を考えていた。
滝沢は批評態度については自分も岡井もよくわからないと首をふらざるをえないとあらば、「表現に欠陥があるものと断定して差し支えない」とする。


釘、蕨、カラーを買ひて屋上にのぼりきたりつ。神はわが櫓/塚本邦雄
について滝沢は、「櫓」が「ろ」か「やぐら」かがルビにより限定されていない点を批判する。岡井は「かみはわがやぐら」はルターの高名な讃美歌であるとする。滝沢は「御詠歌や讃美歌というものは、特定の教団や宗派にのみ通用する方言のようなもの」とゆずらない。

釘、蕨、カラーの暗喩について滝沢は「この一首からそれを読みとるのは、作者と暗号表を取り交わしていない私たちには全く不可能」とする。
岡井は「喩の「暗号表」的な固定化こそ、もっともつまらない非詩的な日常的な喩の世界への転落である」
「そんな子供だましみたいな「書き換え遊び」では、現実は表現できません」
とする。


労働にたへざるわれに空梅雨の市電火花を散らしつつ過ぐ/塚本邦雄

アララギの「歌壇作品評」では、こうした歌が理解され評価されている。解釈不能の歌については批評を保留している。これは滝沢の態度とは差異がある。
岡井「滝沢のあげた二首が、喩の両脚が開きすぎたために憤死しているとすれば、「アララギ」で話題になった二首は、両脚が即きすぎていて喩の機能を消失し、一見平凡な写実作品に見まちがわれてしまったということなのでしょう」


いづこにか時の溜まりてゐるごとく夕茜して音なき戸外/滝沢亘

仔を産みて穢くなりし白猫のあゆむを見つつ次第に苦し/滝沢亘




この章つづく。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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