角川「短歌」2015年4月号を読む  ~秋の箱開かれし朝、ほか

角川「短歌」2015年4月号。



燃やしゐる火に声あらば高僧のごとく語るか闇照らしつつ/伊藤一彦「冬は冬の、春は春の」

忘れゐし善行褒められたるごとし窓をあければ雪の明るさ/栗木京子「大きな鳥籠」


巻頭31首で丸つけた二首はどちらも比喩の歌になった。雪だったり火だったり、明るかったり暗かったりする。




若手10歌人大競詠については、ツイッターで話題になった。

オレは吉岡太朗さんに注目した。自然を何度か描写しているんだが、馬場さんにはそこはほとんど相手にされていない。「川よりの風」と言ってるのに世間の風と読まれたりしている。
仕事のダルさもあろうが、これは川辺の様子と合わせて味わいたい。


からっぽなかわりにいくらでも下げられる空想上の部位やしねこれ/吉岡太朗「風下の耳」
→前の歌で、事務所からの電話にでている。その関連でいくらでも下げられる体の部位といったら、頭だろうね。すみません・お世話になっております・などという頭を下げている状況。だけど、電話相手にはこちらの頭が見えないわけで相手にとっては想像上の頭だ。

頭はたしかにあって、自分が頭を下げていたりいなかったりするわけだが、電話だから相手にとって想像上のものになる。声の調子次第で、頭を下げてなくても下げてるように聞こえるかもしれない。 「これ」は距離の近いものに対する言葉で、そこに空想上のものがあるのがおもしろいと思った。


海岸をあゆめりいまだ胎内に瞼のひらく痒さを知らず/大森静佳「そこにはない白梅」



あなふたつ指に押しゆく豆菓子のおまけの面のきみが目の位置/渡辺真佐子「鬼打ち豆」

→作品7首から。
節分のころに豆を買うと鬼のお面がおまけでついてくる。その目のところを指で押して開けている。
「きみが目」。そのお面をかぶる「きみ」のことを思いながら穴をあけている。



人の世にながく棲みたり次の世は大鰐となりて人喰はむかな/志垣澄幸『日月集』
→四句と結句ですこし飛躍があるのをいいと思った。大抵のワニは人を喰わないで一生を終えるでしょう。
ワニになりたいというよりは、人を喰いたいんじゃないかな。

われ鉄人(てつじん)なら君ら皆踏みつぶしてやるぞと我も言ひにき/柴生田稔『星夜』

という歌を以前とりあげたことがある。これは口がすべったというか、言った自分を客観視してる感じもするな。
志垣さんっぽいワニとか、柴生田さんっぽい鉄人を思い浮かべてしまう。



秋の箱開かれし朝か透明の空気の中を駅へ急げり/吉川順子『透明の街』
→なるほど、季節は箱に入っていて、時が来るとそれがひらいてその季節になるというイメージかな。



「短歌月評」で、佐藤通雅さんが真中朋久さんの特徴を「対象へ向かってピタッと焦点を定めないこと。少しずらし、ピンボケにして、それでいてそれ以外でないものをとらえる」と書いている。
真中さんについては、その魅力がどこからくるのかオレは興味がある。


スペアキイつくりて挿せば新しい家のごとくにドア開きたり/塚本諄 「もくせい」



み仏の胎内巡りのどの人も早ばや出口の光求める/山田佳永子

題詠「光」を詠う、から。

そんな感じでこの本はおわりです。







オレは公募短歌館は秀逸2(同じ歌)、佳作1。三人に選ばれるのはかなり久しぶり。調子よい。
森山晴美さん、安田純生さんの秀逸。

自転車に乗ってるオレと目が合ってボール蹴るのをやめた少年/工藤吉生


古谷智子さんの佳作。

貧乏になりやすい者の特徴に合致ししかも貧乏である/工藤吉生



題詠はだめだった。こちらは一年半くらいダメがつづいている。



んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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