「塔」2015年3月号を読む【2】作品2、若葉集  ~俺が俺でなくなってしまうから、ほか

作品2、花山欄から。

子を探しに来し公園は静まりて遊具の影が地を這いており/松浦わか子
→下の句の表現に、なにかただならぬものがある。子供がみんな地面に飲み込まれたみたいで。


キーパーがヘッドを決める 春を待つ心がはやるひとときがある/井上雅史
→春の光景のひとつに、地面から植物が顔を出すというのがある。 ふだんは自陣の奥にいるゴールキーパーが、相手の陣地のゴール近くでプレイするさまがそれに重ねられているのがユニーク。


雨の日の新聞ビニールにくるまれて公約とふ文字ぼうつと浮かぶ/古屋冴子


ぽつかりと空きたる心の空洞を何いろの珠埋めて充たさむ/長谷仁子

→「心の空洞」は聞くことのある言葉だが、それを色のついた珠を使って充たすというのがおもしろいと思って。心がビー玉をいれる袋とか、あるいは宝石箱にでもなったみたい。



作品2、栗木欄とばして山下欄

右側に少し傾むく地球儀を見る時われの頭かたむく/竹内多美子


仏像のひとさし指のことごとくしなやかにして救ひ給へる/いとう琳

→仏像の、ひとさし指に注目している。指のしなやかさが救いに関わっていると。こういうこまかい歌好きよ。


俺が俺でなくなってしまうからだから俺は部活はしないと言いおり/宇梶晶子
→部活をしない言い訳だが、なかなか言い訳が立派だ。部活をしないことで自分を守っているのか。
部活でこわれてしまう「俺」とはなんだろう。それは大事にするほどのものなのかと思ってしまう。繊細、なのかもね。
「だから」はなくても内容は変わらなそうだが、この「だから」があるから言い訳がさらに言い訳がましく必死なものになっている。


我が荷物軽くすべしと鞄よりペットボトルを出して飲み干す/遠田有里子
→オレもこれやるんだけど、歌になっているのを読むと変な感じだな。結局自分にかかる負担は変わらないような。


恋ひしことも恋はれしことも遥かはるか揚羽しづかに翅をとざせり/吉村久子


ぼがあんとおなら放たば気も晴れむ昔ばなしの嫁ごのごとく/丸山順司

→オナラの音で「ぼがあん」がまずすごい。それに、オナラによって気晴らしをしようとする発想は聞いたことのないものだった。
しかもそのオナラが女性のものなのでまた驚く。虫好きなお姫様の話もあるけど、昔ばなしには個性的な人がいるものだ。



作品2、前田欄

温かい便座があるから生きられるそんな一日があるということ/落合優子


高一の日記出で来ぬ明日からはウマイヤ朝に入ると記され/黒沢梓

→ウマイヤ朝なんてあったっけ。あったかもしれない。
細かいことを記述しているが、ここからは内面を知ることができない。勉強に熱心だったのか。


三日間かけた絵よりもラクガキがなぜ人気とうつぶやき多し/太田愛
→絵のことのようだが、絵以外でもそういうものだなあ。


おみくじを結わえんとするその枝の横に結ばるる大凶の文字/宗形光


紙パック小さき口から開きおり捨てるためには身体をも裂く/廣野翔一




作品2、江戸欄

新聞を丸めたるボールを竹で打ち我はなりたり長嶋選手に/飯田宗
→ボールもなければバットもない。長嶋が選手だったころの野球少年とはそういうものだったのか。



作品2、永田欄

手の位置に悼む心を伝えるか男性アナウンサーの立ち姿/小林多津子
→さっきの仏像のひとさし指の歌みたいな、細部の観察の歌だ。
悼む心は目に見えない。見ようとすると手の位置というようなことになる。


アルバムに写真を貼れり高き空ボーダーTシャツさよなら私/中本久美子
→「高き空」や「ボーダーTシャツ」に、かえることのできない輝かしい思い出がありそうだ。アルバムに写真を貼ることで気持ちを整理しているのか。



若葉集

殴られる道具を選ばせてやらう 棍棒、札束、或ひは十字架/淡深波
→これから殴る者がこれから殴られる者に話している。
なんとなく札束が痛くなさそうな気がするが、そういうことではないのだろう。三つの道具それぞれが何かの象徴と見た。

道具によって、殴る者の属性が変わるようだな。力に殴られるのか、富に殴られるのか、宗教に殴られるのか。
いや待てよ。殴られる意味のほうが変化するのか? いろんなことを考えさせる、とても気になる歌だ。



送らないメールは翌朝消去する地球の自転についてゆくため/只石めぐみ
→下の句がおもしろい。過去のことに引きずられないために、というような意味なのだろう。


わが肌を温(ぬく)しと妻の添いきたるその肌涼し秋の夜更けて/橋本武則


鉢裏に潜みて夜に這ひ回る蛞蝓のやう悪意とやらは/松井洋子




作品おわり。
選歌欄評では、いつもだけど、千種さんのものが特によかった。発表時期や歌の置かれた位置、散文化、情報の開示の手順、かなづかい、濁音、字余り。歌を読みとく方法をいくつも持っている。

「だからこれを読んで勉強します」みたいに思ってそう書いたこともあったかと思うが、なかなか意味一辺倒の読みから脱出できないなあオレは。今書いているものもそう。むずかしいです。

塔3月号はおわりです。







オレは7首載って、ひさびさに鍵の外だった。2013年12月号以来。
一方、題詠に送った歌はボツだった。7連敗

選歌欄評で、へー、オレと同じ歌に注目してる人がいるなあ~と思ったら、オレの書いた文章だった。
いまだに慣れない。オレのページが二ページあるなんて。


んじゃまた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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