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{短歌の本読む129} 『私の第一歌集 下巻』前編

歌書読む129

『私の第一歌集 下巻』ながらみ書房。1994年。

四半世紀も前の本で、上巻がなくて下巻だけあるってことは、まあそういうことだ。どういう本なのかが帯に書いてあるが、ちゃんと説明しようとするとけっこう字数がかかりそうな本だ。でもとにかく紹介を試みてみよう。



まず、この本はアンソロジーなんです。上下巻合わせて162人、下巻では81人の歌人の第一歌集からそれぞれ自選50首が掲載されている。81冊×50首というボリューム。

この81人はどういう人たちなのかというと、昭和元年~10年生まれで、なおかつ昭和51~平成2年に第一歌集を出した人たちだ。
だから必然的に、40代から60代に第一歌集を出した人たちが対象となっている。

検索してみたところ、上巻は昭和29-51年なので、そちらは20代から40代での第一歌集ということになる。
掲載順は出版順で、昭和51年からはじまって平成2年までとなっている。年齢の順ではない。

最後のほうに、表紙にあるような内容のアンケートが全員ぶん掲載されている。
これでおおまかな内容の紹介おわり。

昭和一桁生まれでなおかつ昭和51~平成2年に第一歌集を出した人たち、というのがすぐにはイメージできないわけだが、目次を見るとそこそこ知っている人がいる。石川不二子、来嶋靖生、篠弘、高瀬一誌、未来だと桜井登世子、塔だと小石薫などなど。







いちまいのお面の目ちひさき穴あきて我の泪ぞひかりてゐたり
/穴澤芳江『玉響』



色眼鏡をはじめてかけしをさな児が手足をそろりそろりとあやつる
/穴澤芳江『玉響』



ものいはぬけものの心想ひつつ夜の賑ひを見て通り過ぐ
/来嶋靖生『月』



自慰の夜 記憶の中の汝は犯されやすき眼をしたり
/疋田和男『夕焼の橢円』



きびしく父をこばむ母 ふつふつともえるまひるの花瓶の片側
/疋田和男『夕焼の橢円』



わがあぶら吸ひつくしたる靴下はくらきどん底へ落ちてゆきたり
/疋田和男『夕焼の橢円』

→履いて脱いだ靴下のことを、残酷なくらいに詠んでいる。



黴だらけの辞典卓上に置かれゐて血族のひとり黒い噂もつ
/疋田和男『夕焼の橢円』

→上の句と下の句はどういう関係だろう。どっちもいやな感じはするんだけど。辞典を黴がしずかにゆっくり覆っていくように、血族を黒い噂が飲み込んでいくようなイメージをもった。
なかなか好きな感じだった。以前から総合誌で気になっていた人だ。
一字あけが50首中10首にある。この本のなかではかなり多くて珍しいほうだ。



一瞬の笑み撮られゐて若き日の母は見知らぬ人とならべる
/志垣澄幸『空壜のある風景』

→絵のタイトルみたいで、いい歌集名だなあ。
写真を撮るときだけ「はいチーズ」とか「1+1は」とか言われて笑顔をつくるけど、「一瞬の笑み撮られゐて」には、なにか鋭いものが感じられる。写真に人の真実なんて写らないんだと言いたげだ。



くもりたる窓拭きてゐる手がみえて夜の踏切を列車過ぎゆく
/志垣澄幸『空壜のある風景』

→踏切で電車の通過を目の当たりにしている時の歌なのだろう。窓はくもっているから互いに多くは見えない。拭いている手だけが見えたのだ。夜に。



歩行者が絶えずつづきて具体なき地下の喧騒に吾は入りゆく
/田野陽『濤煙』

→こういう「具体なき」みたいなのをおもしろく思う。がやがやしていて特定の誰も目にとまらないし特定の声もとらえられない。そして自分もその一部となる。
「佐藤佐太郎に師事」とあって、なるほど。



いささかの財にかかはり血族がこはばる貌をやすく曝しつ
/森淑子『冷ゆる馬鈴薯』



いつまでも柵に吹かるる襤褸見ゆ昼の心の癒えがたくして
/稲葉峯子『杉並まで』



靴底の広さの土に四万の生命あるとふその山崩す
/尾澤紀明『土臺工』

道つくるな早く作れとこもごもの声に向いて年月を経つ
/尾澤紀明『土臺工』

→山を崩して道路をつくる立場から短歌をつくっている。迫力があった。



初恋のごときもの持ち著しく成績低下せし娘(こ)を愛す
/高嶋健一『方嚮』



いくたびかかたみの耳に振りあひて娘(こ)と中国の鈴をもとめき
/高嶋健一『方嚮』

→情景がうかぶ。ほらきれいな音がするよ、とか言って鳴らしあったんだろう。



人死にし後しづかなる家のうち一つあふむきて鋲はころがる
/高嶋健一『方嚮』

17で水甕に入会して、短歌と離れた時期が15年あって、49歳で第一歌集。
高野公彦さんのアンソロジー『現代の短歌』でも名前を見たし、有名な人なのだろう。あんまり馴染みがない。



押されつつ境内をゆくどの人も信浅き貌初日に曝して
/村岡嘉子『雪原にて』

→こりゃ痛烈だ。
「押されつつ」ってことは押してる人もいるはずなんだが、それは見えないんだよな。押されてる感じばかりがある。



鉄骨の足場を動く者の翳にわがシルエット重ねてゐたり
/依田昇『火焔太鼓』



つきあひの淡くなりゆく寂(しづ)けさはたとへばわれと子の上に見ゆ
/武田弘之『聲また時』



方位感なき地下街の飾窓(ウインドウ)に揺り椅子ひとつ売られてゐたり
/石橋妙子『花鏡』



鈴つけし毒薬棚の鍵の束白衣のポケットにときに鳴りあふ
/石橋妙子『花鏡』

→鈴のついた鍵束が鳴っているが、毒薬のイメージも同時についてくる。鳴りあう音が死をいざなうようだ。



蛇行してしだいにちいさき黄の電車ふと微かなり人の決意も
/山形裕子『十二時へ』



眠れねばねむらずにいて今夜こそ丑満の鏡覗いてみよう
/山形裕子『十二時へ』



樹のうしろ過ぎてふたたびみせたりし笑顔をもはや違うとおもう
/山形裕子『十二時へ』



天井板棺の幅よと見ゆるゆえまっすぐに体(からだ)伸ばしていたる
/山形裕子『十二時へ』

こわい歌の多い、この山形さんというのは何者なのか。水甕に所属しているそうだ。
「山形裕子さんの、詩的情動の起爆剤は、〈おどろきやすい体質〉にあるようだ」
と解説に書いてある。



あれ、雪は金属なのか、ほおばれば鎖のにおいナイフのにおい
/山形裕子『十二時へ』



児の創る鬼の面など見て歩きすさまじければ不意に笑ひぬ
/立柳豊子『あしたの土』



応援のしぐさを習ふ娘の腕がしなやかに交叉すブラウスの胸
/立柳豊子『あしたの土』



クレヨンをわざと折るさへ幼子の知恵づきしかと吾の笑むなり
/下村百合江『遠代の炎』

→さっきの鬼の面の歌とちょっと似ている。こどもの描く鬼の面がすさまじかったり、クレヨンをわざと折ったり、そういうものを大人の女性が笑っている。



炎昼の日を照りかへす列柱のうしろに見ゆる列柱くらし
/若井三青『青花』



菜の花の畑戦ぎゐるテレビより黄の光来て卓のかがよふ
/高久茂『天耳』



テレビいま小柳ルミ子が映りいて寡黙の妻と吾の間を埋む
/伊吹純『わが原風景』

→こういうふうに有名人がでてくる歌は目立つ。寡黙とは対照的な様子なのだろう。「瀬戸の花嫁」とか「わたしの城下町」とか「お久しぶりね」とか、なんかそういうのを歌ってるところか。



昨夜飲みにゆきし屋台のおばさんが着がえて今朝は預金しにくる
/伊吹純『わが原風景』

伊吹純さんというと『未来』の最初のほうにいつも載ってる人だ。『未来』の5ページをひらくとそこにいる。



水溜りをまたぎし犬の後脚がしづかに従(つ)きゆき水踏まざりき
/石田耕三『火立ヶ岡』



何かつかみいくたびも捨てに現はるる手がありにけり向うの窓に
/石田耕三『火立ヶ岡』



ことし啼く虫の多きを夫言いぬ昏るる畳にひとり碁打ちて
/桜井登世子『海をわたる雲』



泡だつる卵黄の脹らみガーファンクルの歌も幻もかきまぜてゆく
/相原恵佐子『春雷抄』




これでまだ半分ほど。
後半につづく。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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