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ぬらっ。オレのどこがダメなんだろう

「自分のどこがだめなんだろうという嘆きを見聞きするたびに、そういうことを臆面もなく無関係な人にもわかるように言っちゃうところじゃないですかね…と思ってしまう。」

という、某飯田さんのツイートを見て、ひどく心にズシンときた。


よく考える価値があると思ったので考えた。
オレはどういうつもりで「オレの何が悪いのだ」と言っていたかというと、悪い原因を誰かに指摘してほしかったわけじゃなかった(そうだったらそうだったで、自分で自分の欠点を考えてみないのが悪いんだけど)。

どういうつもりかというと、今になって考えてみれば、「自分は何も悪くないじゃないか、こんなに良いのにもかかわらず、なんでもっと結果を残せないのだ、これはおかしいんじゃないか」みたいなつもりだった。つまり、不遇な自分への自惚れであった。正当な評価をされないオレってかわいそう! というナルシシズムであった。気持ち悪い。

それは自分に至らない点があるとは考えてみようともしないという状態で、まったく無反省な態度であり、こうしてあきらかにしてみると非常~にはずかしい。

「自分のどこが悪いんだろう」が疑問ではなく反語だったってことね。ひどいなあ。そこを突きつけられるのは痛い。


と、そこまで行ったら揺り戻しがきた。
その無反省がずっと続くならダメだけど、一時的な感情の噴出として「オレの何が悪いんだーっ」と言ったっていいと思うなあ。
それを公に言ったというだけで「こいつはダメだ」と決めつけられるなら、そこまでの話だ。ダメかどうかは最後は中身が決めることだ。SNSの使い方じゃない(もしそうなら「自分はなんでこんなに最高なんだろう」と公に言えばその人は最高だということになるはずだ)。




本当にダメな人が自分を「ダメだ」と言っているなら、正しい認識ができているということなので問題は少ないのでは(エアリプのつもり)。
という某松木さんのツイートには納得しない。

「自分はダメだ」と言ったからって、言葉のとおりの意味とは限らない。「うううん、工藤さんはダメじゃないよ!」と言われたいがためにわざわざ公に発言してる可能性だってある。
「オレはどうしてダメなんだろ、はあ~」って言ったあとで謙虚な自分にうっとりすることだってあるかもしれない。オレは謙虚ですよというアピールかもしれない。あんまり深い意味はなくて、ちょっとうまくいかないなあという程度の意味でしかなくて、つぶやいた5分後には忘れてるかもしれない。


ダメで、どうなのか。ダメだからやめるのか、ダメなまんまで受け入れてもらおうとするのか、ダメだけどダメじゃなくなろうとしているところなのか。
同じような言葉でもひとつひとつの場合を注意する必要があるだろう。



いずれにしても、どこがダメなのかは、自分の力で取り組まなければいけないな。手がかりがあるとしても、そこに手をかけ足をかけよじのぼっていくのは自分の力でやることだ。
プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。
2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

「未来短歌会」所属

Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)

第61回 短歌研究新人賞 受賞(2018年)

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