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小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【16】文学者の短歌  ~萩原朔太郎、中原中也ほか

最後は「文学者の短歌」。8人の短歌以外の文学の人の短歌もあるのでそれを見ます。
11首ずつある。なんか半端だ。


我(われ)といふ大海の波汝(なれ)といふ動かぬ岸を打てども打てども/森鴎外


日一日けふも事なしこもりゐて何ともわかぬ壁の色見る/森鴎外

→この壁の色がその日をあらわす色みたい。



一人目が森鴎外だった。二人目の柳田国男はとばす。三人目は高村光太郎。



はだか身のやもりのからだ透きとほり窓のがらすに月かたぶきぬ/高村光太郎
→近いやもり、遠い月。裸であるのはどちらも同じだ。



次の萩原朔太郎は三つも丸ついた。よかった。



死なんとて踏切近く来しときに汽車の煙をみて逃げ出しき/萩原朔太郎
→汽車の煙は距離があっても見えるだろうね。思い止まった、ではなく、逃げ出した。自殺をやめる以上のなにかがありそうだ。汽車の煙に何かを見出だしたのだろうか。


行く春の淡き悲しみいそつぷの蛙のはらの破れたる音/萩原朔太郎
「いそつぷ」に傍点。


吉原のおはぐろ溝(どぶ)のほの暗き中に光れる櫛の片割(かたわれ)/萩原朔太郎
→「おはぐろどぶ」って語感がすごいなと思って調べた。

おはぐろどぶ [4] 【御▽歯黒溝▽】
〔遊女が御歯黒を捨てたことからとも,汚水が黒いための連想からとも〕
遊女の逃亡を防ぐため,江戸新吉原遊郭の周囲にめぐらした溝。おはぐろぼり。


逃亡しようとして落とした櫛なのか、果たして逃げおおせたのか、といったことを想像する。



職業なきをまことかなしく墓山の麦の騒ぎをじっと聞きゐたれ/宮沢賢治


物はみなさかだちをせよそらはかく曇りてわれの脳はいためる/宮沢賢治


十日あまり病みゐる妻に林檎を買ふ考へてまた子等に買ひ足す/加藤楸邨




残り二人。中原中也も三首。おもしろかった。

菓子くれと母のたもとにせがみつくその子供心にもなりてみたけれ/中原中也
→そうなんだよなあ。どんな感じだったのか、オレはもうおもいだせない。自分で勝手に買うのに慣れすぎてしまったし、ものをくれというのが恥ずかしい。

腹たちて紙三枚をさきてみぬ四枚目からが惜しく思はる/中原中也
→なんかかわいいと思ってしまう。気がすんできたんだろう。
啄木も怒るたびにものを叩き割る歌をつくっていたなあ。「ものにあたる歌」ってそういえば現代であまりみかけない気がした。


猫を抱きややに久しく撫(な)でやりぬすべての自信滅び行きし日/中原中也
丸つけた時には気づかなかったけど、啄木の妻に花を買う歌に近いな。猫のほうが平凡だが、オレもやるんで親近感がある。



この河馬にも機嫌不機嫌ありといへばおかしけれどもなにか笑へず/中島敦
→「河馬」でカバ。どんくさくて怒ってる感じがしない、そういう人間もいるからなあ。


象の足に太き鎖見つ春の日に心重きはわれのみならず/中島敦
→春なのにどこにも出掛けられない象。太い鎖は罪を連想させる。「われ」以外の心重い者とは、この象か。
さっきのカバの歌もそうだけど、動物に感情が入っている。



というわけで、小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』は終わり。長かった。これで『現代短歌の鑑賞101』『現代の歌人140』『近代短歌の鑑賞77』がすべておわった。
プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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