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斎藤茂吉歌集(岩波文庫)を読む【後編】  ~われは悪(にく)まむ、ほか

【つづきです】

現身(うつせみ)の世のものとしも思ほえず氷りつつゆく河ぞ聞こゆる/斎藤茂吉『連山』


畑中に人を葬(はふむ)るさまが見ゆ馬ひとつ其処(そこ)に佇(たたず)み居(を)りて/斎藤茂吉『連山』

→人の死とは無関係な馬を置いたことで、まるで双方が比較の対象になったようだ。馬を「ひとつ」と数えている。


試験にて苦しむさまをありありと年老(としお)いて夢(ゆめ)に見るはかなしも/斎藤茂吉『石泉』


ここに来てわがこころ悲し人の世のものはうつろふ山河より悲し/斎藤茂吉『石泉』

→「中尊寺行」とある。オレも中尊寺には行ったことがある。小さな接点。
漠然としているが大きな悲しみだ。


心中(しんぢゆう)といふ甘(あま)たるき語(ご)を発音するさへいまいましくなりてわれ老(お)いんとす/斎藤茂吉『石泉』

この日ごろ日脚(ひあし)のびしとおもふさへ心にぞ沁(し)む老(おい)に入るなり/斎藤茂吉『白桃』

→老いの歌が増えてきた。いまいましくなったり、心にしみたり、感情のなかに老いを見ている。


夕食(ゆふしよく)を楽しみて食(く)ふ音きこゆわが沿(そ)いてゆく壁のなかにて/斎藤茂吉『白桃』
→壁のなかというのが印象的。近くなのに、一切目に見えない。


よひ闇(やみ)より負(ま)けてかへれるわが猫は机(つくゑ)のしたに入りてゆきたり/斎藤茂吉『白桃』
→それだけといえばそれだけなんだが、机の下がいじけるための場所のように感じられる。


美しき男をみなの葛藤(かつとう)を見るともなしに見てしまひけり/斎藤茂吉『暁紅』
→おみなは女性のことなので、男女の葛藤となる。「見てしまひけり」に見てはいけないものだったという気持ちを見る。「見るともなしに」もおもしろい。


いきどほり遣(や)らはむとする方(かた)しらず白くなりたる鼻毛(はなげ)おのれ抜く/斎藤茂吉『暁紅』
→怒りが鼻毛に向かっている。「白くなりたる」がこのころ増えてきた老いの描写。


わが体(からだ)机に押しつくるごとくにしてみだれ心(ごころ)をしづめつつ居り/斎藤茂吉『暁紅』
→怒ってる一連のなかにあるので、この「みだれ心」も怒りなのか。自分の老い、自分の感情に関心が向いている。


わがこころしづまりがたし万有(あめつち)にわれ迫(せ)むるもの何かありつつ/斎藤茂吉『暁紅』


号外は「死刑(しけい)」報ぜりしかれども行くもろつびとただにひそけし/斎藤茂吉『暁紅』


いま少(すこ)し気(き)を落(おち)著(つ)けてもの食(く)へと母にいはれしわれ老(お)いにけり/斎藤茂吉『暁紅』


舗装(ほさう)せる道路のうへを余響(よきやう)をもちて小型のタンクとほりゆきたり/斎藤茂吉『暁紅』

→昔は道路が舗装されていることは当たり前ではなかった、というのを何かで読んだ。舗装された道路ならではの「余響」を聞き取っている。「タンク」も今想像してるタンクと違うのだろう。


鼠(ねずみ)の巣片づけながらいふこゑは「ああそれなのにそれなのにねえ」/斎藤茂吉『寒雲』
→調べたら「ああそれなのにそれなのにねえ」って当時の歌の歌詞らしい。わかったけど、わかったから面白くなったということはない。歌の歌詞なんだが、ネズミに言ってるようにも聞こえる。
すごくくだけた言葉がいきなり出てくるから驚きがある。


水のうへに数かぎりなきもの浮けり木立(こだち)のなかの春くれむとす/斎藤茂吉『寒雲』
→水の上のこれって、小さな塵芥の類だろう。そういったところまでよく目がいきとどいている。小さい小さいところから自然や季節に広がっている。


朝はやくより穉(いとけな)き子(こ)を疑ひたりなどして冬日(ふゆひ)みじかし/斎藤茂吉『寒雲』
→合わせれば31音だが、57577という切れかたにはなっていない。歌の時間の経過の仕方が変わる。初句7音で読もうとしてつじつまが合わなくなったりする。
つまらないことに時間を浪費したという歌と読んだ。


書(ふみ)のうへ畳(たたみ)のすみにかくのごと積(つも)れる塵(ちり)をわれは悪(にく)まむ/斎藤茂吉『のぼり路』
→確かにちりだのホコリだのはいやだけども、「われは悪(にく)まむ」と言葉にするところが茂吉らしいというか。どんなに細かいものが相手だろうとほんとに憎むんだろう。


飯(いひ)の恩いづこより来(く)る昼のあかき夜(よる)のくらきにありておもはむ/斎藤茂吉『霜』
→食べられるということをありがたく思うんだね。オレはあんまり思わないかも。
昼に感じる恩と夜に感じる恩は少し違うかもね。その明るさ暗さによって。


われつひに老(お)いたりとおもふことありて幾度(いくど)か畳(たたみ)のうへにはらばふ/斎藤茂吉『霜』
→老いの歌が苦手だったころがしばらくあったんだが、こういう意味わからんところがあると面白いと思うんですよ。
なんで老いたからって畳に腹這いにならなきゃいけないんだよと。
でも実はオレも畳に顔を押し付ける歌を作ったことがあって、わからなくはないんです。


ほそほそとなれる生(いのち)よ雪ふかき河のほとりにおのれ息はく/斎藤茂吉『小園』
→『赤光』ではコオロギの鳴くさまを「ほそほそと」と表現していたが、自分の命に対して言うまでになった。


よもすがらあやしき夢を見とほしてわれの病(やまひ)はつのらむとする/斎藤茂吉『白き山』


わが生(いのち)おぼろおぼろと一とせの半(なかば)を過ぎてうら悲(がな)しかり/斎藤茂吉『白き山』

→今度は「おぼろおぼろ」だ。なんともわびしい。


かすかなる吾(わ)が如きさへ朝な夕なふかくなげきて時は流るる/斎藤茂吉『白き山』
ここへ来て、目に見えて茂吉が弱ってきている。


冬の鯉(こひ)の内蔵も皆わが胃にてこなされにけりありがたや/斎藤茂吉『白き山』


地下鉄の終点に来てひとりごつまぼろしは死せりこのまぼろし/斎藤茂吉『つきかげ』


秋の雨一日降りつぎ寒々となりたる部屋にばう然とゐる/斎藤茂吉『つきかげ』




解説には、収録された歌集についてそれぞれ書いてあり参考になる。戦争に関する歌はかなり削られたようだ。

面白く読んだ。ここでは前にやった『赤光』以外の歌集を抜粋で読んだ。おわります。
プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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