佐藤佐太郎『短歌作者への助言』を読む  ~確かに見て、確かに現わす、ほか

佐藤佐太郎「短歌作者への助言」は短歌新聞社から出ている。昭和57年。1300円。210ページ。妙に真っ白い紙だ。

「序」によれば、これは主に雑誌の編集後記を集めたものらしい。昭和29年から40年までのものが古い方から順番に収録されている。

なにかにつけて茂吉のことが出てきて、茂吉を模範として学ぶよう呼びかけている。引用する文章も歌も茂吉が多い。


時代の流行に流されぬよう戒める記述が何度か出てくる。
『人間は弱いから、時代に遅れることを誰でも恐れるのだが、時代に遅れまいとして安易な流行に漂っていては一生を棒に振ってしまうだろう。』



短歌とは寂しき道か年老いていよいよますますわが歌寂し/斎藤茂吉



細々とでもいいから持続せよということを佐太郎は言っている。
『どうしても出来ない人はそこをあえて押してとにかく二首でも三首でも、欠詠しないというだけのために、作歌するのがいいと思う。』



素質について。
『凡人は凡人なりの才によって生きた歌ができる。これが叙情詩としての短歌の強みである。歌は誰でも好きで作るのだが、好きだという事がすなわち素質だと信じてもいいのではなかろうか。自分には才能がないのではあるまいか、上達の見込がない、という動揺は誰でも経験するらしく、私にも何度かそういうことがあった。』



『うまい歌に見せよう、深刻そうに見せようというような第二義的な計らいを全くなくして、ただ対象を確かに見て、確かに現わすことだけを実行するのが写生の実行である。』

それって難しいんじゃないか、という感想を持ちつつ頭には入れておく。



『私は「歩道」の初期のころは、蒲団にうつ伏せに寝て、両肘で体をささえて作歌したものだった。昭和十三年に結婚したが、そのころは机に向って作歌するようになっていた。終戦後もずっとそういう姿勢で、コーヒーを飲んだりして徹夜するのだが、一晩起きていて一首もできないことがよくあった。そのうち昭和三十年ごろから徹夜ができないようになって、十二時ごろには歌ができてもできなくてもきりあげるようになった。この二、三年以来は夜作歌すると不眠になるので、昼作るようになり、このごろは早朝から午前中くらいの間に作ることにしている。』
姿勢や時間帯の変化するのは面白い。だんだん朝型になっていった、ということか。



生活を単純化して生きむとす単純化とは即ち臥床なり/斎藤茂吉



『短歌という形式になれてしまった歌人よりは、既成の観念をもたない青年によって新しい短歌が生まれるかもしれない、という期待をもつ人もあるが、実際ははたしてどうか。若い人ほど、作歌の日の浅い人ほど陳腐で内容のないものを作るというのが通例である。』

それはオレは塔に入って驚いたことのひとつだ。入会一年目の「若葉集」に、あらたなものに出会う期待をこめて読むんだけど、特別に面白い歌は結局ひとつもないというようなことがある。
でもやっぱり若いすごい新しい人っていると思うけどね。過剰な期待は裏切られるってだけで。



ということでこの本おわり。後半はやや退屈した。真っ当だからかなあ。反発も驚きもあんまりないし、同じようなことの繰り返しに感じた。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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