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「短歌研究」2014年4月号を読む  ~をぢさんも馬鹿だね、ほか

短歌研究。まずは巻頭の作品からいってみましょう。

紺野万里さんは、ラトビアやベラルーシのイベントで短歌を朗読したことを題材に連作を作っている。その中の次のような歌に注目した。

につぽんの若者の歌を所望されペットボトルの歌が浮かびぬ/紺野万里「あるといふのに」

日本の若者の短歌を朗読してほしいと言われて、ペットボトルの歌が思い浮かんだ。おそらくは、思い浮かんだだけでなく朗読したんじゃないか。
ところで、日本の若者が作ったペットボトルの短歌って、どんな短歌でしょう。
オレが最初に思い付いたのは、次の歌だ。

コンビニのバックヤードでミサイルを補充しているような感覚/木下龍也
→オレはてっきりペットボトルのことだと思っていたんだが、でもこれ、よく見たらどこにもペットボトルって書いてない。読み過ぎたんだろうか。でもあの形状こそコンビニのミサイルだ。

ちなみに、「ペットボトル 短歌」で検索したときに一番最初にでてくるのは、次の短歌だ。オレより年上の作者なので若者というには抵抗がある。

ああ闇はここにしかないコンビニのペットボトルの棚の隙間に/松木秀

それ以上はわからないので、あれこれ言わず短歌研究に戻ります。



雲のうかぶ角度にまではもちあげてしずかに息をとおせ角笛/井辻朱美「いきおい」



少年のふるへる肩にてのひらを置くふりはらはれてふたたび/真中朋久「灰光」

→ドラマを感じる。恐怖か怒りかはたまた寒さか、震えながらも少年は意地で力をふりしぼって手を振り払った。しかし二度目はどうだろう。

をぢさんも馬鹿だねと言つて少年が雪を蹴る雪を蹴つて微笑む/真中朋久「灰光」








特集は前登志夫。古い方の漢字で書いてたんだな。なかなか難しくて入っていけなくて、入れないまま読んでいた。
ひらけた感じがしたのは大辻さんのところ。ここに選ばれた歌はいい。


夕やみを挽きつつをれば秋ふかき鋸の歯をこぼるる銀河/前登志夫『鳥獸蟲魚』


 空のふかき一日ことばみな忘れてしまひ 草を刈る/前登志夫『流轉』


斜面にてわれの屍在るごとし百歳の家花に飾られ/前登志夫『落人の家』



略年譜を眺めていたら面白い記述を見つけた。年譜にあるくらいだから前登志夫の生涯を知ってる人には有名なことなんだろうけど……。
一九八八年のところ。前登志夫62歳。
『八月、吉野でのヤママユ夏季研究会の折、「天狗がふと夜明けの夢にあらわれ、この崖を飛べ」とさそわれ、未明の斜面を跳び、背骨や脚の骨を砕かれる。町立大淀病院に入院。』

前登志夫はここまで。







いつか来るかならず来る日しらない日のぞきこみたる水に花あり/前田みえ子



世間一歩進みゆく間(ま)にわれ半歩進みて来しが世間すでに見えず/高野公彦

→作品季評から。
半歩も進んでるなら老人としてはたいしたものだと思うけどねオレは。


鳥は影を、水に映れるみづからをなにと思ふらむ「少し陰つた水」/澤村斉美『galley』
うちの猫に鏡を見せてもなんの反応もないんだよねえ。どう見えているのか気になる。


砂浜へ全速力で乗り上げる船の最後の力をおもふ/小林幸子『水上の往還』


自分の絵を裂かむとするを押し留むるわが手に抗ふ児の力強き/早瀬伶子『ガラスの如く』

→オレは小1のときに、自分の描いた絵をくしゃくしゃにしたことがある。恐竜の絵だった。その時のことを思い出した。
自分の作品が、もう耐えられないほど恥ずかしくて許せなかったんだよ。とても許せないし滅茶滅茶してやりたい気持ちなの。
先生が「なんで自分の絵をくしゃくしゃにするんだ!」とか言って、オレは大泣きしながら「恐竜に人が乗ってないからダメなんだよう!」って言った。書くと笑い話みたいになるけど、オレのなかでは悲しい話だ。

あの時の自分の絵への衝動を、オレは今でも覚えている。作った壺を割る職人、みたいなことにつながっている気がする。
いやーしかしまあ、その自分への厳しさをオレはどこへ置いてきてしまったんだ。






短歌研究詠草。この欄は、どういう基準で評価されてるのかいまいちわからないと以前からオレは思っていて、一時はそれが原因で遠ざかっていたこともあった。
今回のベーグルの歌も、何がよくて特選なのかわからない。

選んだ馬場さんは「楽しそう」「口語調」「会話調」「新鮮」しか言ってない。確かに楽しそうな感じはする。ベーグルの説明が詳しいけど、作品の良さを語ってほしい。でもその楽しさっていうのは156ページの詠草(後で引きます)にあるような「白痴的多幸感」と何が違うのだろうか。

特選は丸山朱梨さん。

出来合いの言葉が気になった。三首目の「甘さと酸味の虜」、五首目の「しっとり肌のもちもち」というのは特に借り物感が強い。宣伝文句そままじゃないですか。
四首目の「アメリカの麦の畑に連れていかれる」という発想は昔の料理漫画の発想だ。ミスター味っ子みたいな。コマーシャルの演出でも見られるベタで既視感の強いものだ。
オレは自分の表現というのが大事だと思うし、パロディならばパロディの完成度を求めたい。

二首目は見た目と触れた感覚をすくいあげていて、これは比較的いい。

三首目の初句「ベストでしょ」はたしかに新鮮なのかもしれないが、オレはこのノリは苦手。
ベストってことは、一番いいということで、それを相手に同意させようとしているんでしょう? あつかましくないですか?

勧めてる立場なのか食べてる立場なのかわからない。それらが混ざりあった会場の雰囲気の描写ととればよいのか。
しかしこんなテレビコマーシャルみたいな美味しがり方をするかね? なんだかわざとらしくって。勧めるほうが「美味しいですよ」っていうならわかるんだけど、食べる側がこんなにうっとりしてるのはわからない。



凍み果てし虚飾の街に飯を食ふこの白痴的多幸感はも/三田村広隆

クリスマス・イルミネーションのイタリアン・レストランにてアメリカン・ポップ/(同)

同じような世界を違った目で見ている。


ひとり対四十五名蛇口からホースがはずれたような教室/遠山ようこ



一首しかないような人でも、名前をざっと見て、知ってる名前を見かければ読むようにしている。

それ以上もそれ以下もないのだ母はおのれとおのれに似たる子を抱く/太田宣子
→母の子への愛は美しいものとしてとらえられることが多い。定型との格闘。








うたう☆クラブは、今回なぜか★印のない歌にばかり惹かれた。

食卓に二つ吉野の富有柿然り然りと否否と言え/内藤英雄


もっと、もうないよ、もっともっと、もう無理だよ、ゲロしかないよ。/ふわ煎

→二人いて、一人がもう一人に言葉を求めているのか。慰めや愛の言葉を。それともキスを求めているのか。よくわからないが気になった。
こういうのこそ、コーチして磨いてほしいと思う。


選ぶことは選ばないこと輝けるお前の未来を喰ってやろうか/山中ナヲ
→人生の選択肢が、魔物みたいに襲いかかろうとしているのかな。ユニークな歌だ。







オレは短歌研究詠草は二首。

落ちたもの取って食うかで盛り上がる輪には入らず拾って食べた/工藤吉生

地下鉄に乗るまでチャックが開いていてさりげない修正をもくろむ/工藤吉生


うたう★クラブは星がついた。

植物がみんなけっこう好きらしくあんなオヤジも水をやってる/工藤吉生


でまはた。
プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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