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「塔」2013年11月号を読む【後編】  ~雨音のなかの無音、ほか

作品2、栗木京子選歌欄

若葉から濃き青葉へのひとときをうくうくうくとみどり子歌ふ/河崎香南子

→うくうくうく、がいいし、これを歌であるとする把握には優しさがあると思う。
みどり子の「みどり」が葉と掛かっているか。



ねこの子とわれと夫と川の字に世界陸上見る夜更けかな/奥山ひろ美

→子供ではなく猫が混ざった川の字であるところにひと工夫ある。寝ていることとスポーツの対比、「川」と「陸上」の対比。



恋愛は真面目なあそびと聞く道の流行らぬ店も定休日もつ/佐藤浩子

→この、わかるようなわかんないような感じに立ち止まる。恋愛は人生の定休日??



ゆっくりと鳴らすピアノのミとファとがぶつかる瞬間君を愛する/徳田浩実

→ちょっと北原白秋の時計の歌に似ているが、やっぱり違う。白秋は一致する瞬間だったが、これは不協和になる瞬間だ。そういうところに恋愛観があらわれる気がする。

時計の針ⅠとⅠとに来(きた)るときするどく君をおもひつめにき/北原白秋『桐の花』



赤ちゃんが常に泣いてるドーナツのお店の中に青色はない/中山靖子

→確かにミスドの中にはないなあ。
赤ちゃんの鳴き声に閉塞感を感じ開放感のある空のような青色を求めたのだろうか。

他の歌も不思議だ。もう一首いく。

「優しいね。優しすぎるわ」エレベーターホールで柱の一つになる君/中山靖子







作品2、真中朋久選歌欄

とげとげの嘘つくひとを許したり百年に一度咲くという花/小川ちとせ

→百年に一度しか咲かないような特殊な花ならば、もしかしたらとげとげしているかもしれない。
とげとげの嘘をつくひとにも、一生に一度くらいは花開くような何かがあるだろうか。



雪の夜の無人の駅に身をならべふたつの息を聞いていたりき/島田瞳

→「夜の駅舎に雪を見てをり」という河野裕子さんの歌をこのあいだ百選でツイートしたけど、これは好きな景かもしれない。
息が聞こえるくらいの静けさ。

肉体を感じさせる歌が目だった。今の「息」もとても実感があったが、ほかにも一首目「細き魚の背」、三首目「素肌」、四首目の「汗に湿る」「頬骨」、など身体の表現が見られる。



日常の音なべて消す雨音に家事が無音の中で進みぬ/西川照代

→雨音のなかに無音をとらえている。音のない家事という密かな違和感。



手花火にはしやぐが聞こゆ片付けの済まぬ厨に話し手ばかり/川井典子

→この一連、とても良い。親戚と過ごす夏の風景が生き生きと切り取られている。
この歌は、花火にはしゃいでる声もするし、話に盛り上がる人たちもいて、人物が多い。
みんな楽しくしているが、主体は声を聞いていたり片付かないことを気にしていて少しだけ距離がある。



エアコンをつけたり消したりつけたり消したり朝になり疲れたり/花凛

→「り」の執拗な繰り返し。暑かったり冷えすぎたりして寝苦しい夜を過ごしたのがわかる。









歌集評

表札をまたも隠して枝伸ばす南天ありて人行き過ぎし/落合花子『楽の心音』

→「人行き過ぎし」だよね。ただ人が通っただけなんだろうけど、表札が見えないせいで行き過ぎたかのように読める。


煮南瓜も柚子湯も忘れて冬至過ぐわが祖母あらず祖母はわれなり/落合花子『楽の心音』

→下の句に興味ある。年寄りになっても自覚がなくて今とあんまり変わらない精神状態だったらどうしようと思う。







作品2、三井修選歌欄

お節介と気の効くことの境界にドレッシングの瓶振つてゐる/磯部葉子

→この行為そのものがお節介と気の効くのとの境界にあるということなんだけど、まるでその境界にドレッシングをかけて食べようとしてるみたいで、そこを面白がって拾った。



一度きりのキスも情事であらうかとよきことよからぬことを思へり/遠田有里子








歌集評

赤だけが脱色したる標識に「をすてないで」といつまでもある/橋本成子『声はかるがる』

→あるあると思うけど、このように過不足なく一首にするのは簡単じゃないようにおもう。









黒住嘉輝選歌欄


あんなにも満ちてありたる冷蔵庫空なり独りの私が食べて/いとう琳

→冷蔵庫の食糧まるごとを食べていた自分に気がつく。満ちていた時の記憶と空になった記憶が濃くあり、消費してる途中の記憶が少ないゆえの驚きだろう。
一生かけて食べる量はとんでもない量なんだろうなあ。冷蔵庫なんてもんじゃなく。



手を振って駅で別れる 僕たちのあいだにはまだねばねばはない/上澄眠



君が代の調べにのせて唄ひうる歌ばかりなりアンソロジー閉づ/益田克行


→例の和歌以外の歌を君が代のメロディーで歌うことなんて考えたことがない。そして、オレの歌ですらも君が代にのせて歌えてしまうことに驚く。定型であるとはそういうことだ。「さざれ石の」の三句が六音だからアレだけどな。



公園のトイレの壁は剥がれおり「死ぬしかない」と隅に刻まる/宗形吉光

→ほんとのことばかり詠む人の歌にこういうのが混ざってるから怖い。何を思ってそんな言葉を刻むのだろう。








若葉集。一首だけ。


帰りきてハイテンションで夫喋り女子マラソンをわれは見てゐる/藤江輝子

→外から帰るとしゃべりまくる人っているよね。アレがよくわからない。どういうアレでそうなってるんだか。
マラソンって無言でただ走ってるだけだ。選手たちは黙っている。これがたとえば声をかけあうバレーボールみたいなスポーツだったら歌の印象が変わるだろう。マラソンがいいのだ。


今月号の歌はおわり。







選歌欄評から。


深海から出で来しようにまぶた腫らし唇赤く児は生まれけり/西川照代

→喜びや感動が伝わる歌とも評に書いてあるが、驚きが圧倒的に強い歌と見た。
「!」が多い評者は警戒してしまう。



やすらぎの即ち屍(かばね)のポーズなりと仰臥させらるるヨガ講座にて/大出孝子

→そういう死生観というか価値観というか、そういったものも含めてヨガなんだろうなあ。








歌会記から三首ほど。


とどのつまりは6万3千円という真昼の電話聞いてしまえり/谷口登美子

→なんの金額なんだ。金額だけが具体的だ。どうやら聞いたらまずいことらしい。とっても気になる。



忘我という快感におり荒荒と機械洗浄さるる車中に/いとう琳

→この方今月二回目だなあ。
車を洗ってるのに、中にいるドライバーまで心洗われているのが楽しい。



どちらかをどんと出してね 左手を採血台にどおんと出しぬ/平田端子

→D音の連続により豪快さが増幅している。
「どんと出してね」と言われて「どおんと」出したということは、かなりの勢いだ。普通に出したらいいだろう……。








「若葉集を終えて」みると、いつもみんな真面目で謙虚だなと思う。オレは来月あたり載るかと思うんだけど、えらく傲慢に見られるんじゃないかと心配だ。実際謙虚じゃないからしょうがないけど。

というわけで今月の塔はおわり。なんとか一日で終わったな。
プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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