「セレクション歌人 吉川宏志集」を読む【後編】  『夜光』、散文

「セレクション歌人 吉川宏志集」の『夜光』から。



あみだくじ描(か)かれし路地にあゆみ入る旅の土産の葡萄を下げて/吉川宏志『夜光』

→あみだくじは多くの縦線横線からなる。斜めから見るとそれはぶどうに似る。
あみだくじも旅と言える。曲がり角の度に曲がる、行く先の知れない旅。
加えて、路地の子供の落書きに、無事帰ってきた安心感もあったのではないか。



夢に棲む女が夢で生みし子を見せに来たりぬ歯がはえたと言いて/吉川宏志『夜光』

→夢の中にもうひとつ世界があり、そこにも妻がいるかのようだ。妻とは書かれてないけど「棲」から想像した。
夢の女は夢の世界で夢の子供を出産し、夢の子供に歯が生えたと夢に帰ってきた主体に告げる。
歯のことを夢に見ることってある。小さな「歯」がここでは存在感を持っている。



ねむいねむい僕の代わりに月光のえのころぐさを見張ってほしい/吉川宏志『夜光』

→月光の下のえのころぐさ。それを一晩中見ていたい「僕」。見張る、ということは、夜中にそのえのころぐさに何か異変があるような予感がしたのだろうか。
ひとつの植物への強い気持ちに好ましく思う。何かといつまでも一緒にいることって、できたらいいと思うけど、不可能なんだよな。

植物の名前が出てくる歌が多いんだけど、植物を知らないもんだからあまり読めない。



http:www.hironomiya.go.jp くちなしいろのページにゆかな/吉川宏志『夜光』

→有名な歌。
試しにアクセスしてみたがつながらなかった。くちなしを画像検索したら、いかにも皇室っぽい白い品のいい花が出てきた。

つぶやくとリンクが生成される短歌ってなかなか珍しい。そういうのって勝手に省略されたり短縮URLになるから困る。
『夜光』は2000年に出た歌集。



ひのくれは死者の挟みし栞紐いくすじも垂れ古書店しずか/吉川宏志『夜光』

→前回のところで紹介したホテルの影の歌と共通していて、一部分を取り出すことにより世界を変化させている。
古書店に霊がでてもおかしくないと思えてくる。

「ひのくれは」を「ああ日暮れ時なんだなー」と簡単に読んでしまったんだが、もっと意味があるのかもしれない。ひらがなにしてあると、掛詞を疑う。



美しい下着のような夕まぐれ二人は足を伸ばしていたり/吉川宏志『夜光』

→下着のほうが美しい景色、主に花々を写し取っているわけで、逆転が面白い。面白いっていうか、このゆうまぐれをホントに美しいと思っているのかどうか。ニセモノっぽく感じているのか、官能を見てるのか。

足を伸ばしているところは、ゆるやかな時間を二人が共有していて、美しいと思う。



隣部屋より伸びてきた紙の筒うぉーいうぉーいとおさな子が呼ぶ/吉川宏志『夜光』

→はじめは普通にほほえましい歌として読んだ。
紙の筒を口にあてると声が変化するから子供が面白がって遊ぶ。
ところでこの歌は「三十年後」という一連に入っている。
紙の筒を使うと声が太く低く聞こえるわけだが、それが息子の三十年後を予感させた、三十年後の息子に呼ばれたようだったという、そういう歌として読んだ。



死に終えて祖母はねむれりあおあおと輪郭のみを泛かべいる山/吉川宏志『夜光』

→死に終えて、が特徴的だ。生から死へと移ることを「死ぬ」と言うよな、確かに。死に終わりがあるみたいで不思議な感じだ。死が終わったらその次は何があるんだろうと。


こういう歌を読むと

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり/斎藤茂吉

が浮かんでくる。近くて赤い鳥に対して、遠くて青い山。死ぬ人のそばにいて、見えたものがそれだったのだろう。




『夜光』おわり。
初期作品というのがいくつか載ってるんだけど、そこからひとつ。


冬の昼黒板を消すきみの手が「ヘンリー七世」に届かずにいる/吉川宏志

→H-H,K-K-K,という音のつらなり。
「ヘンリー七世」が面白い。女の子が黒板を消してるのを見ているのっていいな。届かなくて背伸びしてたりして。跳ぶとなおいい。




散文、としていくつか載ってる。「妊娠・出産をめぐる人間関係の変容」は今年の短歌研究評論賞をとった評論を思い出させた。
こういうの書くにはかなり広く調べなきゃいけない。読んで面白いとは思うけど、よくやるなあ、大変だろうなという感想がさきにくる。河野裕子さんのある発言がきっかけらしいと、後から聞いた。もし動機が反発であったとしても、それを評論という形にできることに頭が下がる。


『迷路の本』購い来て熱中せる妻が夜更けて懐妊のことを言い出ず/佐佐木幸綱『火を運ぶ』




「坂田博義――ある青春について」は坂田・清原論争を扱っている。
塔の最近話題の座談会で坂田・清原論争が出てきたんだけど中身があんまりわからなくて「何を詠うか・いかに詠うか」の論争みたいに受け取っていたんだが、これを読んで理解が深まった。

清原日出夫は社会や政治、思想との関わりの中で歌を詠んでいる。
坂田博義という人は感受性や技巧、瑣末なものをすくいあげることを重要視する。
そこに二人の違いがある。

ということが、これを読んでわかった。




谷岡亜紀さんの解説や吉川さん自身の書いた略歴があってこの本おわり。初句の索引があって親切。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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