短歌研究2011年12月号“2012綜合「年刊歌集」”を読み尽くす【3】 「た」~「海外」

118ページ
人なかにわつと声あぐる妄想を気づく人なし黙して歩む/高城美紀子

→オレもやる。突然目立ちたくなり、注目されるためならなんでもいいと思ったりする。




124ページ
「日」の中に0から9のすべてあり一秒ごとの明滅の窓/武富純一

→これは上の句が抜群にいい。デジタル数字の表示は確かに「日」の形をしている。下の句はどうだろう。



127ページ
時計屋の時計が異なる時指すを何か不幸のごとく見ていつ/千々和久幸

→オレもあれは気になる。なんだろね。
「不幸」がいいな。




134ページ
ああゴヤが裸のゴヤが幾人も集まって暗闇に火を残す/堂園昌彦

→ゴヤのどの絵だろうと思って調べたが、特定の絵ではなさそうだ。裸、といえば「わが子を食うサトゥルヌス」だが、大勢の人物がいるのは他の絵だ。
いずれにせよゴヤの「黒い絵」のイメージを集約したような歌だ。  




134ページ
糞暑い午後だよだらりと送電線空の彼方に続いてゐるよ/時田則雄

→濁音がうだるような調子をだしている。「糞」、「だらり」、「だよ」あたりが馴れ馴れしくて好きだなあ。



136ページ
よろよろと一一キロがやって来て膝にお尻を置くではないか/内藤賢司

→弟がオレの膝にやってきて座ったその瞬間の喜びを覚えている。あれはいいものだ。「ではないか」って結句、いいな。年齢や続柄を書かずに体重で表したのもいい。「よろよろと」はどうか。



138ページ
のみほしたおさらのそこでつぼのみずながしつづけるめがみさまのえ/中島くり人

→ひらがなで書くスタイルの方なのか、他の二首もひらがなによる。
飲み干したのに、さらに水が流れている。絵に書いた水。




138ページ
世界ではいつもどこかで夕暮れが来るので傷んだ洋梨を剥く/中島裕介
※「剥」は異体

→傷んでいく洋梨は、洋梨としての生を終えようとしている。それが一日を終えようとする「夕暮れ」とつながる。
洋梨をむく行為が、地球の一部が夜になってゆく様子とビジュアル的に重なる。
洋梨自体にも意味がありそうだがわからなかった。オレは仕事で果物扱ってるのに。   




141ページ
叱られて風呂に入りたる少年の予約録画が動き始める/中村達

→いいなあ。反抗期って感じがした。予約録画が静かに存在感を示し抵抗してるみたいだ。いくら叱られても自分は見たい番組を見るぞ、って。その頃少年はきっと風呂で心を燃やしているのだ。



141ページ
昼飯のことでも書こうつけ麺はめんつゆをたっぷり使うのだ/中村敏勝

→詠うことがなくて昼飯の話になってるんだろうか。
どこが、とは言いづらいが、なんだかいい。




149ページ
膝裏は入り江しずかに輪郭をたどる右手を舟と思えば/錦見映理子

→静かに静かに舟が海をゆくようで詩的です。それと同時にほのかな官能性があります。
私は膝裏好きです。
体を大地や海に、這う指を乗り物や動物に例えながらする愛撫ってありますね。私はそれを20年ほど前に「てんで性悪キューピッド」というジャンプの漫画で知りました。



159ページ
体内に馬のゐる人と牛のゐる人とをりしがきみは馬なり/針谷哲純

→性別や人種や血液型など、人を分類する基準はいろいろあるが、こういう分類があるらしい。どんな人が牛で、あるいは馬なのか。理解不能であると同時に面白い。こういう人間観(?)聞くと、世界って広いんだな、人間って奥が深いなと思えてうれしくなる。





161ページ
抱きあってどうすることもできなくて皮膚にくるんでいる身体たち/東直子

→お互いを求め合う強さとその限界。




161ページ
先生の歌が好きだといふ生徒一人だけゐるたまに寝てゐる/東野登美子

→一人だけいるその生徒をいつも気にかけているのだろう。だからたまに寝てるのもわかる。





169ページ
イカロスの翼の色を思ふなり春あけぼのの海の紺青/藤田冴

→「勇気ひとつを友にして」という歌のイカロスは空から墜ちて亡くなった。暗いし死んじゃうし、子供心にインパクトがある歌だった。何色の翼だったんだろうなあ。そこから海の色が出てくるという視点の移動が見事。




180ページ
裏通り悲観町にて営業中茶房「カフカ」に灯りが点る/松井良夫

→架空の名を使うテクニックを笹さんがブログで薦めていたのを思い出す。「悲観町」はちょっと甘いけど、いい歌。




184ページ
化石ともならず腐食が進むのみ泥のなかなる金管楽器/松村由利子

→次が原発の歌だからもしや地震の歌か。化石といえばホルンの形はアンモナイトっぽい。通常楽器は大切に保管されるものだけに、泥の中にあると強いインパクトだ。金と泥の対比。




184ページ
サラリーマン辞めミュージシャンになりし甥マンボ松本広島に死す/松本彰司

→不思議な歌だ。一瞬ふざけてるのかと思ったが挽歌だ。マンボ松本って知らないが、検索したらたくさん出てきたから有名なんだろう。名前って大事だな。死んでもついてくる。唇を何度もくっつけないと発音できない名前だ。




190ページ
涙川みづ涸れ果てて羊水のゆたけき闇を思ひけるかも/水原紫苑

→涙がかれるっていうのは人生のさまざまな経験を経てそうなることだ。それは生まれる以前の羊水からはとても遠い




201ページ
もう脚を上げずに尿するのだね老いたる犬よ空なんぞ見て/役重隆子

→犬の老いの歌ってあんまりない。空を見るのは天に召されることとのつながりか




204ページ
鏡台のひきだしずるりと引き抜いて私になじむにおいと思う/山崎聡子

→鏡台の引き出しを引き抜くという動作を切り取っている。「ずるり」もなかなかいい。引き出しの中身は書かず、においから想像させるのもいい。「なじむにおい」もいいなあ。
気がつくと「いい」ばっかり書いてしまう歌だ




205ページ
ほたりほたり蛇口にみづの洩れるおと誰かがどこかで泣いてをるなり/山田公子

→ほたりほたりがいいなあ。しずかで。




206ページ
あなたの死後もミッキーマウスは踊つてるだらう中国人が入って/山田富士郎

→何かの一連の一部なのだろうか。ミッキーマウスの中に人が入ってる、っていうだけでも知らんぷりしたい事なのに、中国人とまで言ってる。なんだかおそろしい。




211ページ
つなぎあうことに習熟してわたしきみのかたちに欠けている手よ/吉岡太朗

きみをおもちゃにしてるだなんてねーまさか楽器にしてるレの音を出す/吉岡太朗


→5首載ってたが、どれも面白い性愛の歌だ。
「楽器にしてる」なんて巧い。きっと高いレの音なんだろう。「レ」が一番あられもない感じがする音だ。




213ページ
連想で夏へとたどり着くことのまずは椅子からはじめよう、椅子/吉田竜宇

→面白そうな遊びだ。マジカルバナナを思い出す。関連のないものを関連づかせようとするところが短歌っぽいし、夏も椅子も短歌っぽい。特に夏は明るさや若さを意味する記号みたいに使われるな、っていうことがオレは最近気になる。




214ページ
校庭の楡の木陰にあひたしとデッキブラシに目を落とし言ふ/米田収

→デッキブラシという具体にリアリティーがある。でもオニールの「楡の木陰の欲望」を思い出してしまった



綜合年刊歌集、読み終わった。最後が「海外」なのは変な感じだな。住所でまとめてるわけじゃないのに。



この綜合年刊歌集を10月9日から読み始め、間に他の本を読み始めたりして3週間かかった。
紙面に指を置きスライドさせながら読むと速いことに気づいてしばしばその方法を使った。

震災の歌がすごく多いが、来年から減るだろうと予想する。その2013の年刊歌集の発売まであと1ヶ月をきっている。
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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