角川短歌2012年10月号を読む  ●特集 「決定版 口語歌のすべて」「生誕百年 宮柊二の歌世界」

角川短歌買った。公募短歌館、題詠、またも全滅だ。オレを落とし続けてるのはここだけだ。載るまでやめないし、載ってもやめない。淡々とやるのみだ。





巻頭作品28首



眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび發ねてふたたび撥ねず/小池光「晩夏抄」

平易な歌がならぶ。この歌は柿の重量感がある。動と静。




ぎやつといひて驚くさまや掃除機に眠れる猫の尻尾を吸へる/小池光「晩夏抄」

短歌研究9月号で小池さんは
掃除機に吸ひこまれたるくつしたは常闇の国へ行ってしまへり
という歌を発表したばかりだ。靴下の次は猫を吸った。掃除機苦手なのかこの人。





小池光と大島史洋がコーヒーショップで老いたる猫の話してをり/花山多佳子

7.8.8.7.7.という短歌。小池光がさっき掃除機で吸った猫が老いた猫だったってことか。つながりが出てきたぞ。





滝の水、音を離れて落ちにけり 飛沫をあびるこの天地【あめつち】に/加藤治郎「夏の集会」

滝ってやたら音が遠くまで届くよなあ。水と音は離れている。さらに飛沫だ。滝というものには存在感がある。
集会の議論を滝に例えてるともとれるが、本物の滝として読みたいなあ。




閂の字の一文字書くときにくちびるを引きちからが入る/梅内美華子「一文字」

タイトルになるだけあり、いい歌。まさにその一が門をとざし守っているわけだ。人物を描くとき人はモデルに似るというが、この時唇も一文字になるか。、とそう考えると「閂」という字が人の顔に似て見える。 




特集 口語歌のすべて

「口語歌のすべて」読んだ。枡野さんが全く出てこないのが不満だ。  



部分的に口語が入ってると口語歌なのか。そっか。オレは逆に一ヶ所でも文語が入ってると文語短歌なんだというつもりでいたけど、違う。そうじゃないと「すてたるものがたり」が口語歌の代表みたいになってるのと噛み合わない。


完全口語以外は口語じゃないんじゃないかという気持ちは変わらない。が、慣例は慣例として理解はする。






不安でたまらないわれの背後【うしろ】からおもたい靴音がいつまでもする/前川佐美雄「植物祭」

この前も前川佐美雄に面白い歌があったし、ちょっと気になってきた。 
自分の靴音かと思ったが、それなら背後じゃないよなあ。気になる。





田村広志さんが永井祐さんの『あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな』の青い電車が「実際には走っていない」と言ってるが、よくわからない。電車の中に青い電車くらいあるし走ってるだろう。「歌ことばとしてはひ弱ではないか」とも言ってる。



青い電車を「現代社会の喩ととる」というが、それは、青い電車=現代社会っていうイメージで読んでるのか? で、社会を何かに例えるのに「青い電車」だと弱いと??  やっぱりよくわからない。





吉川宏志さんの文章の「歌の腰の部分に、軽めの言葉を入れると、言葉にゆったりとした間合いが生まれてくること。」は初めて知った。いいこと聞いた気になった。





梶原さい子という人の論はどこまで正しいんだろうなあ。

口語は自然詠が少ない
→自然から死への態度を学ぶことができる
→だから口語は死を詠えない。
口語の得意分野は肉声である
→肉声を使えば死を詠える。

参考文献みたいなのが挙げられてると思ったら、それも梶原さんの書いたものだ。
どうも、風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな匂いがするなあ。






男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる/平井弘「前線」

すごく現代的に感じたんだが、1976年の歌集だという。




大井学「近現代口語秀歌30首選」面白いなあ。

中年の思想のうえで死んでいるタンポポ詩人、君のことだよ/岡井隆「朝狩」

こわいなあ。タンポポって、子供っぽいイメージだよな。響きからしてもそうだ。そんな詩人は中年の思想には耐えられないだろう。




おばあちゃんお寺なんてみな嘘ですねミトコンドリア・イブのおばあちゃん/渡辺松男「泡宇宙の蛙」

渡辺松男さんってひらがなで自然を詠うイメージだったが、これは違うな。宗教と科学を対立させているのか。おばあちゃん、死んだら微生物か。




全体的に、特集としては「口語歌のすべて」はあまりよくないんじゃないか。少なくとも頭に「決定版」とつけるほどには。
口語をやっつけて文語の魅力を語ってる人がいたが、それはむしろ「文語歌のすべて」とでも題して書いたらいいんじゃないか、来嶋さん。




特集 生誕百年 宮柊二の歌世界

宮柊二の特集から。まず、オレは一昨日までは名前が読めなかった。これ「しゅうじ」だったんだな。

たたかひを終りたる身を遊ばせて石【いは】群【むらが】がれる谷川を越ゆ
は聞いたことある。




全歌集をレビューして百首選まで載せるって、丁寧だなあ。

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す/宮柊二「山西省」

これも聞いたことある。動詞が多いと動いてみえる。死がものすごく近くにある。

動詞がでるたびにコマ送りみたいに動いている。相手は抵抗どころか叫ぶこともなく、あっけない。それを「寄り添ふ」ことで哀れんでいるようないないような。殺すことと寄り添うことが似る皮肉。刃物の短さが死との近さ。




頭【づ】を垂れて孤独に部屋にひとりゐるあの年寄りは宮柊二なり/宮柊二「緑金の森」

ユーモアのようだが、部屋に孤独でいるわけだから笑ってばかりの歌でもない。
作者=作中主体か否か、で考えると、この歌の主体は誰だろう。宮柊二の中にいるもう一人の客観的な宮柊二と見た。




人工の星も「宗谷」も智識とし先ず生きん人を深く愛して/宮柊二「多く夜の歌」
壮大だ。「宗谷」は北海道の宗谷岬か。宗谷岬っていう歌がNHKの「みんなのうた」にあり、流氷の映像が流れてた。
人生や愛が、宇宙や海の見える大地の大きさと響き合っている。


良い特集だった。







作品7首、なにもなく通過。



書評

バゲットを待つやうに待つわが父の焼き上がり時刻午後四時三十分/高木佳子「青雨記」

確かにパン屋はお客のために焼き上がり時間を表示しているものだ。
阿木津英さんは「気うとさ」という言葉で評している。うとましく思う気持ちってことか。






余白にて生くる命よ地下鉄の線路すばやくよぎりし鼠/高野公彦「河骨川」

人間の生活圏の余白ということだろうか。なにもそんな場所で……という場所にも命は湧く。ほかに挙がってる歌もけっこう面白い。





全国歌誌展望から。  

盛るより散るは美し 美しく散るは咲くより難しければ/深井雅子 「ふいめえる第44号」

美学を感じた。書いてなくても、これは桜に違いないと思う。一字空きのところに鏡でも置いてあるようだ。






「歌集歌書を読む」から

迷信を肯ふ人は理屈言ふひとより大人と知りぬこの頃/近藤かすみ「雲々畑まで」

なるほど。迷信にも色々あるが「嘘つくと口が曲がる」みたいな道徳的なものを言ってるんだろうと思った。実際は曲がらなくてもそれくらいのつもりでいようね、みたいな。





公募短歌館


名前はまだ知らないから「青色のよく似合う人」と書いておこう。/杉田菜穂

この人の名は短歌研究でもみかける。こういう欄だから余計に歌が若く見える。




末尾には焼いてほしいとある手紙読みて了へり文学展を出づ/島崎征介

末尾まで読まないと燃やしてほしい手紙かどうかわからないわけだ。苦々しい。




ネッシーのように伸びたる手がバスのボタンを押して沈んでゆけり/滝口泰隆

最近のオレが好きなタイプの歌だ。なんでもないひとつの動きを描いている。ネッシーという言葉の中に古さ、大きさ、オカルトがあり、日常とコントラストをつくっている。






田中さんスタバでバイト田中さん あなたのことがもっと知りたい/澤田恵理子

ストレートな歌だ。「田中さんはスタバでバイトしている」ということ以外、何もわからないわけだ。
名を二度呼ぶことで「ロミオとジュリエット」みたいな味が出ている。
おおロミオ/あなたはどうして/ロミオなの





今回はここまで。 
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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