角田光代「だれかのいとしいひと」内容と感想

角田光代 だれかのいとしいひと


はじめに

200ページくらいの短編小説集。




内容と感想


まず表紙の絵がいい。かわいくてどこか透明感のある女の子。そして無機質なようで味のある背景もいい。単純化されてるような、やっぱりリアルなような建物。何度見ても、いい。




転校生の会

転校を繰り返した影響で、一人の女性と長く付き合えない彼にふられた私。ある時「転校生の会」という会合があるのを知り、彼の気持ちを知りたくて参加する。

その会の漆原という男が、自分は一つの場所で育ったと思い込もうとした話をする。しかしその弊害か、親しい人と一緒にいる時に彼らが誰なのか一瞬わからなくなる。本当の問題は、育った場所が人生にどれだけ影響するかということだ、と漆原は自覚している。

私は、人との出会いをバスに例えて考える。どこからそのバスに乗ったとしてもやはり漆原さんは今の奥さんと出会って一緒になったんじゃないか、と話す。 このことで自分の中で何か変わり、もう転校生の会に出るのはやめることにした。


→さて、当然「なぜ私はもう『転校生の会』に行かないことにしたのか、私の中で何が変わったのか」を考えることになる。

オレが思うのは、出会いをバスの乗り合わせのように考えることによって、彼のことが吹っ切れたんだと思う。つまり「彼はバスを降りた」と考え、私はまた次のバスで誰かに会うだろう、と大きな視点から考える余裕ができたからだと思う。バスに例えることで、人生の中の出会いや別れが珍しくもないことだと割り切れたんだと思う。彼のことで考えが落ち着けば、転校生の会に参加する動機はなくなる。





ジミ、ひまわり、夏のギャング

さっきの短編に続き、別れた彼がいちいちフルネームで出てくるのが気になった。

私はジミヘンのポスターを別れた彼の部屋に忘れたのを思い出す。合い鍵を見つけたのをいいことに、彼の部屋に忍び込む話。
私は忍び込んでみるが、結局ポスターは持っていかない。過去の会話が聞こえたり、過去の自分が半透明で見えたりした。

→物語よりも詩を感じた。右上だけ画鋲が外れたポスターや、謎めいたお菓子屋のおばちゃん、ひまわり。印象的な情景に心ひかれる。

ジミヘンのポスターを持っていかなかった理由は「半透明のあたしが(略)消えていってしまう」からと書いてある。これは、近藤三太との過去がなかったみたいになってしまうのを恐れたんだろう。全て片付けてしまって気持ちに全て区切りがつき、全て割り切れてしまうのを恐れたのだろう、とオレは考えた


見知らぬ人形やふいの留守電は、時間の経過を告げる。 何も取らなくても意気揚々と引き上げる私。それは部屋で過去の半透明な自分に会えたこと、ジミヘンを取り戻す必要がなくなったのを知ったことによる満足感だろうか。過去を見て満足し、また前を向くのだろう。





バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)

この「わたし」は友人の彼を取る悪女のようでありながら、その反面、妙にピュアで、周りのみんなと仲良くありたい、みんな仲良しでいたほしい、と願っている。

→それでもやはりこの女はヤリマンだとオレは思うし、こういう女の存在は脅威だ。理解に苦しむところがある。

知育玩具の例えがいい。人間の欲望は常にぐにゃぐにゃと穴の形を変えているように思う。





だれかのいとしいひと

大人のカップルの間にワケあって子供が割って入る2つのケースが提示される。小さい頃のこんな経験は、大人になってわびしいような妙な記憶になる。不安定で壊れそうな男女と無邪気な子供の対比が印象的





誕生日休暇

習慣の中に生きる女が、いやいやながら来たハワイで、いくつもの偶然に流されて結婚する男と出会う。この男のエピソードは波乱があって面白い。そんな男に会ったのもまた偶然。
流されて生きるのもよし。




ここまでの5つの短編のうち3つは「枠物語」だ。物語の中に物語がある。そして枠の中の物語が枠の外の主人公に影響を与える。
恋愛のからむ話が多いが、全く抵抗なくすんなりと読める。いいね。




花畑

うーんどうなんだろう。ほとんどが不幸話からできている。金銭トラブルとか、社内のいじめとか、ちょっとした失恋とか。デタラメに歩いていたら緑の多い場所に出て気持ちが変わる。そういう話。

→歩いても歩いても目印がない街なんてあるんだろうか。緑だけで気持ちがそんなに変わるものだろうか。
むしろこの続きが読みたい。緑の向こうに何があったのか。ちょっと不満な短編だった





完璧なキス

枠物語っぽいな。喫茶店の描写が外側にあり、内側には過去のキス話がある。主人公はキス好きの男で、キスの思い出にひたる。「好き」という気持ちの分からないさえちゃんとしたのが完璧なキスだったという。

さえちゃんはラブホに行っても理屈ばかり言ってエッチしない。でもキスならいいと言う。そこでしたのがかなりディープなキスだった。
キスで相手が今まで食べたものやしゃべったことの全てを共有したように感じてかなしむのが面白い。
また、こまかい喫茶店の描写は臨場感がある。



枡野浩一さんが『完璧なキス』をどう解説するのかと思って先回りして解説を見たが、触れられてなかった。「解説」っていうのは収録作品の成立や影響や魅力、見落とされがちなポイントなどを書くところなんじゃないのか。解説者と著者の出会いや交流を書く場所でもあるのか




海と凧

恋人同士が些細な何かを言い争いながら、実は全く別のことを話し合っている、というのが強調される。別なこととは相手の人格攻撃だったり、お互いの違いを認め合えないことだったりする。

彼が昔の恋のことを聞いてきた。そして思い出の海で埋めた凧を探すことになった。二人は凧を必死に探す。探してると思い出は鮮明に蘇る。凧は見つからなかったが、二人は大笑いしてフリスビーで遊んだ。


→洞察力があるといえば聞こえはいいが、相手の言葉の裏を見ながらの生活はどこかギスギスしている。得にもならない見つからないものを探す一見無意味な行為の中に、忘れていた輝きを見つけた。主人公が一枚剥ける話が多い短編集だな。いい読後感だ。





解説

今度はじっくり読む。
料理店の様子と角田光代の話が交互に出てくる構成に工夫がある。興味深いエピソードもあるし、とっつきやすいが、伝聞や妄想だから信憑性に疑問符がつく。馬鹿か馬鹿じゃないかを分類しようとしてるが、オレだったらやだな。




おわりに


恋愛小説集ということで、自分に合うか心配だったが、楽しく読めて良かった。
主人公が成長・変化する話が多かった。さわやかな読後感がある。




 
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プロフィール

工藤吉生(くどうよしお)

Author:工藤吉生(くどうよしお)
仙台市在住。2011年に枡野浩一さんの「ドラえもん短歌」の影響で短歌を始めました。

▽短歌雑誌「短歌研究」「角川短歌」などの読者投稿欄、
▽新聞歌壇「毎日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「河北新報」
▽テレビ「NHK短歌」
などで作品を発表してきました。

短歌結社「塔短歌会」に2012年から3年間所属していましたが退会し、現在は「未来短歌会」彗星集に所属しています。

▽角川短歌ライブラリ刊行記念「わたしの一首」コンテスト大賞受賞。
▽第57回短歌研究新人賞候補。
▽Eテレ「NHK短歌」年間大賞(2016年3月、佐佐木幸綱選)。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さんにツイッターで短歌をほめられたことがあります。

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